誰かがふと動き出す。それが自然に受け取られる関係とは──役割が共有される瞬間に起きていることを描く、シェアド・リーダーシップ第2話。
1.はじめに
前回の記事では、シェアド・リーダーシップとは、「リーダーシップを特定の個人に集中させるのではなく、チーム全体で分担し、メンバーが互いに自律的にリーダーシップを発揮するというアプローチ」と紹介しました。
誰か一人が常に前に立つのではなく、必要な場面で、必要な人が自然にリーダーの役割を引き受ける。その際、「任される」のではなく、「自ら引き受ける」ことに意味がある——
シェアド・リーダーシップについて、このような特徴を指摘できます。
しかし、こうした説明を聞いて、「理屈としては理解できるけれど、じゃあ実際、どうやって共有されるの?」と感じた方も多いのではないでしょうか。
今回は、そこに一歩踏み込んで、リーダーの役割が共有される瞬間に何が起きているのか。
そのリアルに触れていきたいと思います。
鍵となるのは、「共有される瞬間」とは、気づけば誰かが前に出ている状態であるということです。
そんな自然な動きこそが、シェアド・リーダーシップが認められる、もっとも本質的な瞬間なのです。
2. シェアド・リーダーシップ「共有」の瞬間とは?
リーダーの役割が、誰かに指名されることなく、自然に引き受けられていく。
こうした「共有される瞬間」は、私たちが気づかぬうちに、すでに多くのチームの中で起きています。
Zhuら(2018)は、シェアド・リーダーシップを「特定の個人に集中するのではなく、リーダーとしての役割がチーム・メンバー間で自然に共有されていくプロセス」と定義しています。
この役割の共有は、あらかじめ合意されたり、上から命じられたりするものではありません。
むしろ、チーム内の関係性や状況への感受性の中で、静かに立ち上がっていく現象として描かれています。
たとえば、空気の淀んだ会議の場で、誰かが「これはまずい」と感じて、思わず声を上げる。
その動きが、周囲にとっても納得のいくものだったとき、場のリズムが変わり、他のメンバーも自然に支援や提案に加わっていく。
このように、リーダーシップが誰の手にも宿り得る状態は、形式によってではなく、関係性の動きのなかで立ち上がっているのです。
こうした現象は、筆者が博士論文にてエスノグラフィー調査を行った、ある中堅企業の組織変革チーム「挑戦者の会」においても確認されました。
あるとき、チームの議論が停滞し、場が動かなくなった場面がありました。
その沈黙を破ったのは、普段は控えめで発言の少なかった若手メンバー。
彼が突然口火を切ったことで、場の雰囲気が一気に変わり、流れが生まれました。
その瞬間、形式的なリーダーは一歩引き、周囲のメンバーはそれを支える側に回りました。
何かを決めてから動くのではなく、誰かが動いたことで場が動き、他の役割も自然に切り替わっていく。
そうした動きが、ごく自然に、無理なく起きていたのです。
これは、たまたま誰かが動いたという偶然の出来事ではありません。
自然に移り変わったように見えて、実のところ、対話、信頼、期待といった関係性の積み重ねがあってこそ、
こうした自律と応答の連鎖が可能になっていたのです。
3. 信頼のキャッチボール
リーダーシップの共有が自然に生まれる背景には、見えにくい土壌のようなものがあります。その中心にあるのが、信頼です。
ただし、それは「あなたならできる」と声をかけて任せるような、表面的な信頼とは異なります。
むしろ、ことばにならないまなざしや、場をともにする身体の動きのなかで、「任せても大丈夫」と感じられるような、言うなれば、関係性に染み込んだ信頼です。
先に紹介した若手メンバーの行動も、彼自身が「言っても大丈夫」と思えたからこそ生まれたものでした。自分の声が無視されない。自分という存在が場に受け入れられている。
そう感じられたからこそ、彼は一歩を踏み出すことができたのです。
その意味で、シェアド・リーダーシップと心理的安全性は、非常に親和性が高いと言えるでしょう。心理的安全性とは、チームの中で自分の考えや疑問を安心して発言できる状態、つまり「自分らしくいても否定されない」と信じられる関係性のことです。
シェアド・リーダーシップが機能する場では、必ずといっていいほど、この心理的安全性が育まれていると言えるでしょう。
一人の判断や命令ではなく、互いの気づきと応答によって動きが立ち上がる関係には、沈黙や躊躇が、攻撃や回避に変わらないだけの、見えないクッションのような土壌があります。
リーダーシップが共有される場には、「任せる」と「応える」のキャッチボールのような往復があります。
シェアド・リーダーシップは、ただ役割を譲ることではありません。手放す力と、受け取る力が交差し、そこに関係が動き出し、共鳴しながら少しずつチームの中に根づいていきます。
リーダーシップが共有されるとは、そうした共鳴の積み重ねによって、信頼のキャッチボールの関係性が定着していくことなのです。
4. 共有される力を支えるもの
リーダーシップが共有されるという現象は、偶然の結果ではありません。
誰かが自然に前に出るという動きの背後には、それを可能にする関係性の構造があります。
INNERSHIFTでは、こうした「リーダーシップが共有される関係性」は、変化し成長するプロセス――育まれていくもの――だと考えています。
個人の能力や特性だけでなく、問いが立ち上がる場、信頼が育まれる関係、期待が静かに循環する土壌。それらが重なり合ってこそ、リーダーシップは一人に集中せず、チームのなかに広がっていくのです。
あらためて強調しておきたいのは、共有されるとは、役割を割り振ることではありません。誰かに任せるのでもなく、誰かが自然に動き、他の誰かがそれを受け取り、支えるという動きが、ごく当たり前のように起きている状態です。
「誰に任せるか」ではなく、「誰がふと動けるか」。そしてその動きを、誰がきちんと見ているか。
そうした関係の織り目があるからこそ、チームのなかで主体性は静かに立ち上がり、
リーダーシップは自然に、そして確かに共有されていくのです。
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結びの問い
あなたのチームでは、誰かが動き出したとき、その動きを素直に受け取る関係はありますか。
誰かが言うまでもなく、誰かが動き出す。
それを否定せず、支え合いながら動きが広がっていく。
そんな関係性の中でこそ、リーダーシップは静かに共有されていきます。
誰もがリーダーになろうとしなくてもいい。
けれど、誰かの動きを「無視しない」チームでありたい。
そう思える場が、私たちの周りに、どれだけあるでしょうか。
あなたのまなざしは、誰かの動きを、まっすぐに受け取っていますか。
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