以前、私は「社長は、どこまで決めるべきなのか。」という記事を書きました。
会社が成長し、経営を一人で担うことが難しくなれば、現場や経営チームに判断を任せる場面は増えていきます。
だからといって、トップが何も決めなくなるわけではありません。
自分で決めるのか。誰かに任せるのか。経営チームで考えるのか。それとも、組織自身が答えを見つけていくべきなのか。
前の記事では、そんな問いについて考えました。
その後、経営者を対象とした対話セッションで、この記事を手がかりに「判断」について話す機会がありました。
そこで語られたのは、抽象的な経営論ではありません。
部下から持ち込まれる日々の相談。新しいプロダクトをめぐる判断。そして、まだ答えのないことについて経営チームと話す場面。
一つひとつは、どの組織でも起こりそうな出来事です。
ところが、三つの話を続けて聞いているうちに、私は別のことが気になり始めました。
そもそも、リーダーの「判断力」とは何なのでしょうか。
自分自身が正しい答えを出せることなのでしょうか。
それとも、もう少し違うものまで含まれているのでしょうか。
「そこまでは、自分で判断してほしい」
最初に聞いたのは、ある部下についての話でした。
新たに部門の責任を担うようになったその人は、かなり細かなことまで上司である経営者へ確認してくるのだそうです。
報告し、連絡し、相談する。
それ自体は、決して悪いことには見えません。
むしろ「報連相をきちんとする人」と評価されることさえあるでしょう。
けれども、その経営者は、少し違う見方をしていました。
そこまで自分に聞く必要はない。
部門の責任者なのだから、そこまでは自分で判断してほしい。
相談されたことに答えるだけなら難しくない。しかし、何でも答えてしまえば、自分の時間が取られるだけではない。
本人が考えなくなってしまう。
そんな話を聞きながら、私は一つの可能性を伝えました。
相談することによって、自分の判断の責任を上司にも担保してもらおうとしているのかもしれませんね、と。
すると、その経営者も「それはあると思う」という趣旨の反応をしました。
このやり取りが、私は少し気になりました。
判断するということは、単に「答えを出す」ことではないのかもしれません。
自分で答えを出し、その判断を自分のものとして引き受ける。
そこまで含めて、判断するということなのではないでしょうか。
組織のすべての情報を、トップ一人が持つことはできません。
顧客に近い人、技術を知る人、現場を知る人。それぞれが、その場所だからこそ持っている情報があります。
だからこそ、組織では「誰が、何を決めるのか」という意思決定の範囲を考える必要があります。
ただ、権限だけを渡せばよいわけでもないのでしょう。
誰がどこまで決めるのか。
そして、その判断を誰が引き受けるのか。
最初の話で経営者が部下に伝えていたのは、個別案件についての「正解」ではありませんでした。
「ここまでは、あなたが判断するところだ」という境界だったのではないか。
私は、そんなふうにこの話を捉え直しました。
答えではなく、判断するための基準を渡す
次に出てきたのは、プロダクトのUIをめぐる話でした。
若手社員から、新しいUIの提案が出ていました。
一方、担当者は変更に慎重でした。
変更には時間も手間もかかる。既存のユーザーが、新しいUIに戸惑う可能性もある。
そうした理由から、提案は保留になっていました。
これに対して経営者が示したのは、少し違う視点でした。
本当に新しいUIが優れたものなら、既存のユーザーにとっても「良くなった」と感じられるものでなければならないのではないか。
誰もが、以前より便利になったと感じられるものになっているか。
そこから考えるべきではないか、というのです。
最初、私はこれも「経営者が部下の判断に関与した事例」だと聞いていました。
しかし、話しているうちに、最初の事例とは違うことに気づきました。
この経営者は、
「新しいUIに変えなさい」
と答えを出しているわけではありません。
示しているのは、
何をもって「良い」と判断するのか。
という基準です。
すべての案件についてトップが答えを出さなくても、現場が自分で考えられるように、何を大切にして判断すればよいのかを共有することはできます。
そう考えると、先ほどのUIについての言葉も違って見えてきます。
「誰もが便利になったと感じられるか」という問いは、その案件だけに使われる答えではありません。
次に別のUIを考えるときにも、新しい機能を考えるときにも、判断の拠り所になります。
さらに、そこにはその経営者自身の顧客観やプロダクト観も表れています。
判断基準を伝えるということは、単に意思決定をしやすくするだけではなく、
「私たちは何を良い仕事だと考えるのか」を伝えることでもあるのかもしれません。
ここで、最初の話とは別のものが見えてきました。
一つ目は、
誰が、どこまで判断するのか。
二つ目は、
何を基準として判断するのか。
どちらも「判断」の話ですが、同じではありません。
そして、三つ目の話を聞いたとき、この違いがさらに面白くなりました。
「……って、どうだろう?」
その経営者自身は、経営会議などで、まだ決まっていないことについて、こんなふうに問いかけることがあるそうです。
「……って、どうだろう?」
完成した提案として提示するわけではありません。
まだ決めていないことを、少し軽い形で場に出してみる。
そして、メンバーの話を聞きます。
ただし、聞いているのは言葉だけではありません。
どんな反応をするのか。
表情はどう変わるのか。
すぐに乗ってくるのか。
少し引っかかっているように見えるのか。
そうしたものも感じ取りながら、「これはいけそうか」「何か見落としていることはないか」と考え、最終的な判断へ近づいていくのだそうです。
私は、この話を聞いていて面白いことに気づきました。
最初の部下も、この経営者も、人に聞いています。
では、同じことをしているのでしょうか。
最初の部下は、自分が判断すべきことまで上司に確認していました。
その相談は、結果として、自分だけで判断を引き受ける状態から離れる働きをしているのかもしれません。
一方、この経営者は、人に聞いたからといって、その人に判断してもらおうとしているわけではありません。
最後に判断するのは、自分です。
そのために、自分だけでは持っていない情報を集めている。
人に聞くことは、
「私の代わりに決めてください」
という意味にもなり得る。
しかし、
「私が判断するために、私には見えていないものを教えてください」
という意味にもなり得る。
表面的には、どちらも「相談する」という同じ行動です。
けれども、その内側で起きている判断は、かなり違うのかもしれません。
「判断力」という言葉が、少し違って見えてきた
この日の対話を振り返ってみると、私が一つの言葉で「判断」と呼んでいたものの中に、少なくとも三つの違う側面が見えてきました。
一つは、
誰が、どこまで判断するのか。
判断する範囲です。
もう一つは、
何をもって良い判断とするのか。
判断するための基準です。
そしてもう一つは、
どのように情報を取り込み、判断へ近づいていくのか。
判断するプロセスです。
もちろん、これはリーダーシップ研究で確立された「判断力の三要素」という意味ではありません。
今回、一人の経営者との対話を振り返る中で、私自身に見えてきた暫定的な整理です。
ただ、この三つを並べてみると、私がこれまで持っていた「判断力」という言葉のイメージが、少し狭かったようにも感じます。
「判断力のあるリーダー」と聞けば、私たちはどんな人を想像するでしょうか。
状況を素早く理解できる人。
複数の選択肢から適切なものを選べる人。
難しい局面でも決断できる人。
そこでは、判断力は主にその人自身の能力として捉えられています。
しかし、今回の経営者は、自分で判断しているだけではありませんでした。
部下に対して、どこまで自分で判断するのかを考えさせている。
個別の答えではなく、判断するための基準を示している。
そして自分自身が判断するときには、他者の知見や反応を取り込んでいる。
そう考えると、別の問いが生まれてきます。
リーダーの判断力とは、自分自身が良い判断をする力だけなのでしょうか。
それとも、
組織の中で良い判断が生まれるようにすることまで、リーダーの判断力に含まれるのでしょうか。
私はまだ、この問いに答えを出せていません。
ただ、「誰が決めるべきか」だけを考えていたときには見えていなかったものが、少し見えてきたように感じています。
Thinking Experience|最近、判断を求められた場面を思い出してみる
最近、部下や同僚から「どうすればいいですか」「どちらがいいと思いますか」と聞かれた場面を、一つ思い出してみてください。
そのとき、本当にあなたが決める必要があったでしょうか。
それとも、その人自身が判断すべき範囲を示す必要があったのでしょうか。
あるいは、答えを伝えるのではなく、何を基準に考えればよいのかを伝えることが必要だったのでしょうか。
反対に、自分自身が重要な判断をするとき、誰の意見を聞いているでしょうか。
その人に答えを求めているのでしょうか。
それとも、自分には見えていないものを見るために、その人の考えを聞いているのでしょうか。
同じ「聞く」という行為でも、その意味は違うのかもしれません。
Dialogue|「良い判断は、どうやって生まれているだろう?」
この問いは、経営チームやリーダー同士で話してみても面白いと思います。
「私たちの組織では、良い判断はどうやって生まれているだろう?」
誰が決めているかだけではありません。
どこまで自分で決めてよいと認識しているのか。
迷ったとき、何を判断基準にしているのか。
重要な判断をするとき、誰からどのような情報を得ているのか。
同じ組織にいても、答えは意外に違うかもしれません。
その違いを知ること自体が、自分たちの組織における「判断」を見直す機会になるのではないでしょうか。
「誰が決めるか」の、その先へ
以前の記事を書いたとき、私は、
「社長は、どこまで決めるべきなのか。」
と考えていました。
自分で決めるのか。
誰かに任せるのか。
経営チームで考えるのか。
その違いをどう見極めるのか。
今回、経営者との対話を経て、その問いが少し変わりました。
誰が決めるのかだけではなく、
組織の中で、判断そのものがどのように生まれているのか。
そこまでを見ることも、リーダーにとっての「判断」という仕事の一部なのかもしれません。
リーダーの「判断力」とは、何なのでしょうか。
私は、もう少しこの問いを考えてみたいと思っています。
