「何でも言え」と言うのに、なぜ誰も言わなくなるのか。|INNERSHIFT

著者:Yuta Mogami, Ph.D.

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「社員に、もっと主体性を持ってほしい」

経営者や組織のトップから、私はこの言葉を何度も聞いてきました。

もっと自分で考えてほしい。
指示を待つのではなく、自分から動いてほしい。
問題があれば、遠慮せずに言ってほしい。

その願い自体は、本気なのだと思います。

ところが、同じ組織でこんな話を聞くことがあります。

「何でも言えと言われる。でも、本当に言うと怒られる」

最初は言っていた人も、やがて言わなくなる。

そして、しばらくすると上司は言います。

「どうして、うちの社員は主体性がないんだろう」

私は、この光景を見るたびに考えます。

主体性がないのは、本当にその人なのでしょうか。

「言わない」には理由がある

組織研究には、employee voice(従業員の発言)とemployee silence(従業員の沈黙)という研究領域があります。

ここでいうvoiceとは、単に会議で発言することではありません。

仕事や組織をより良くするために、提案したり、問題を指摘したり、懸念を伝えたりすることです。

この研究が興味深いのは、「発言するかどうか」を、その人の積極性だけの問題として扱っていないことです。

エリザベス・モリソン(Elizabeth W. Morrison)は、voiceとsilenceに関する研究を整理し、人が発言するかどうかには、「言っても大丈夫か」という安全性の判断と、「言う意味があるか」という有効性の判断が深く関わることを示しています。

つまり、人は口を開く前に、

「これを言ったら、どうなるだろう」

「ちゃんと聞いてもらえるだろうか」

「言ったところで、何か変わるのだろうか」

と考えている。

本人が毎回、それを明確に言語化しているとは限りません。

それでも、発言した後に何が起きるのかという予測は、次に口を開くかどうかに影響します。

「何でも言え」より、実際に何が起きたか

ジェームズ・デタートとエイミー・エドモンドソン(James R. Detert & Amy C. Edmondson)は、Implicit Voice Theoriesという概念を提示しました。

人は職場で、「上司に異論を唱えるのは危険だ」「権威のある人には逆らわない方がいい」といった、発言に関する暗黙の前提を持つことがあります。

ここから見えてくるのは、少し厄介なことです。

上司が、

「遠慮せずに言ってくれ」

「何でも言ってほしい」

と言ったからといって、それだけで人が話すようになるわけではない。

むしろ重要なのは、その後です。

部下が本当に異論を言ったとき。

上司が考えていた方向とは違う提案をしたとき。

誰も触れたくなかった問題を口にしたとき。

その瞬間、上司はどんな顔をしたのか。

話を最後まで聞いたのか。

遮ったのか。

反論したのか。

不機嫌になったのか。

あるいは、歓迎したのか。

「何でも言え」という言葉よりも、そこで実際に起きたことの方が、次の発言を左右するのではないでしょうか。

耳の痛い話ほど、言いにくい

しかも、すべての発言が同じではありません。

ジアン・リャンら(Jian Liang, Crystal I. C. Farh, & Jiing-Lih Farh)は、employee voiceを、改善のアイデアを示すpromotive voiceと、問題や懸念を指摘するprohibitive voiceに分けて研究しています。

「こうしたら、もっと良くなると思います」

という話と、

「今のやり方には問題があります」

という話では、同じ「発言」でも意味が違います。

後者には、現在の判断ややり方への異議が含まれます。

だからこそ、言う側にとってはリスクが高くなりうる。

そして私は、ここに「主体性を持ってほしい」という言葉が抱える難しさがあると思っています。

リーダーが本当に主体性を求めるなら、自分が想定していなかった意見もやってくる。

自分とは違う判断も出てくる。

時には、自分自身への異論も出てきます。

主体性を歓迎するということは、自分にとって都合のよい主体性だけを歓迎することではありません。

リーダー自身も、反応してしまう

では、なぜ「何でも言え」と本気で思っているリーダーが、実際に異論を言われると怒ってしまうのでしょうか。

ここにも研究があります。

ナサニエル・ファストら(Nathanael J. Fast, Ethan R. Burris, & Caroline A. Bartel)は、マネジャー側の自己効力感やego defensivenessと、部下からのvoiceへの反応との関係を研究しています。

部下からの意見は、単なる情報として受け取られるとは限りません。

場合によっては、自分の能力や判断、立場への脅威として受け取られる。

だから、頭では「意見がほしい」と思っていても、実際に異論を突きつけられた瞬間には、防御的に反応してしまうことがある。

ここで大切なのは、

「だから上司が悪い」

という話にしないことです。

本人も、本当に社員に主体的になってほしいのかもしれない。

問題は、その願いと日常の振る舞いが、必ずしも一致しないことです。

「主体性のない人」は、最初からそこにいたのか

ここまで考えると、別の問いが浮かびます。

「主体性がない社員」という人が、最初からそこにいたのでしょうか。

ある社員が上司に意見を言う。

否定される。

もう一度言う。

今度は不機嫌な顔をされる。

それでも言う。

「そんなことは分かっている」と遮られる。

やがて、その人は言わなくなる。

その状態だけを見れば、

「指示待ちだ」

「自分の意見がない」

「主体性がない」

と見えるかもしれません。

でも、その人だけが変わったのでしょうか。

二人のあいだに、

「言っても仕方がない」

「ここでは言わない方がいい」

という関係が、日常のやり取りを通じて少しずつできていったのだとしたら。

問題の見え方は大きく変わります。

主体性を、その人の中にある「ある/ない」の性質だけとして捉えると、この関係は見えてきません。

「言わない人」ではなく、「言わない関係」

メアリー・ウル=ビエン(Mary Uhl-Bien)は、Relational Leadership Theoryにおいて、リーダーシップを個人の属性や行動だけではなく、人々のあいだで生じる社会的なプロセスから捉える視点を提示しています。

この視点に立つと、見る場所が変わります。

誰が主体的か。

誰が消極的か。

誰にリーダーシップがあるか。

個人だけを見るのではなく、その人と周囲とのあいだで、どのような相互作用が繰り返されているのかを見る。

「なぜ、あなたは言わないのか」

ではなく、

「なぜ、私たちのあいだでは言えなくなったのか」

と問う。

この二つは、似ているようでまったく違います。

前者は、相手を問題にします。

後者は、自分もその関係の中に入ります。

私はこれまで、こうした関係のあり方を「モノローグの関係」という観点から研究してきました。

ただ、ここで考えたいのは、もっと身近なことです。

「もっと主体性を持ってほしい」と思ったとき、私たちは相手ばかりを見てしまう。

けれど、その主体性を引っ込めさせているものが、相手の中ではなく、私と相手のあいだにあるとしたら。

見るべき場所は変わります。

「何でも言え」と言ったかどうかではない。

本当に何かを言われたとき、自分はどう応えてきたのか。

主体性を問うなら、そこからなのかもしれません。


参考文献

Detert, J. R., & Edmondson, A. C. (2011). Implicit voice theories: Taken-for-granted rules of thumb that impede workforce communication. Academy of Management Journal, 54(3), 461–488. https://doi.org/10.5465/amj.2011.61967925

Fast, N. J., Burris, E. R., & Bartel, C. A. (2014). Managing to stay in power: Managerial self-efficacy, ego defensiveness, and the suppression of employee voice. Academy of Management Journal, 57(4), 1013–1034. https://doi.org/10.5465/amj.2013.0566

Liang, J., Farh, C. I. C., & Farh, J. L. (2012). Psychological antecedents of promotive and prohibitive voice: A two-wave examination. Academy of Management Journal, 55(1), 71–92. https://doi.org/10.5465/amj.2010.0176

Morrison, E. W. (2014). Employee voice and silence. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 173–197. https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-031413-091237

Uhl-Bien, M. (2006). Relational Leadership Theory: Exploring the social processes of leadership and organizing. The Leadership Quarterly, 17(6), 654–676. https://doi.org/10.1016/j.leaqua.2006.10.007

最上雄太. (2024). 関係リーダーシップが発生しにくい関係プロセスの探索的研究―モノローグの関係に着目して. 経営情報学会誌.


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