導入|EQは「市民権を得た」はずなのに
感情知性(EQ)という言葉は、もはや説明を要しない概念になりました。
リーダーシップの文脈でも、研修や評価、日常会話の中で自然に使われています。
それでも、現場を見渡すと、どこか腑に落ちない感覚が残ります。
感情は語られているのに、扱われていない。
配慮は求められているのに、判断は孤立していく。
関係は維持されているようで、静かに摩耗している。
感情知性は、市民権を得たはずなのに。
それでもなお、感情は行き場を失っているように見えるのはなぜでしょうか。
構造のずれ①|感情知性は、なぜ「能力」になったのか
感情知性が社会に広く知られるようになった背景には、
**ダニエル・ゴールマン**の仕事があります。
ゴールマンは、感情を曖昧な内面の話としてではなく、
自己認識、自己制御、共感、関係管理といった形で整理し、
リーダーシップの文脈に持ち込みました。
この整理は、感情を「扱えるもの」として可視化した点で、
決定的な意味を持っていました。
感情知性が「個人の能力」として語られるようになったのは、
ある意味で必然だったとも言えます。
能力として語られたからこそ、
高めることができる、測ることができる、育成できる、
という議論が可能になったのです。
構造のずれ②|研究関心は、個人の内面から外へ動き始めた
ところが、ゴールマン以後の研究をたどっていくと、
少しずつ関心の重心がずれてきたことが見えてきます。
その象徴の一人が、
**リサ・フェルドマン・バレット**です。
バレットは、感情を
「内側から湧き上がる反応」ではなく、
経験や文脈をもとに構成されるものとして捉えました。
感情は、ただ感じ取られるのではなく、
意味づけによって形づくられる。
この視点に立つと、
感情知性を「感情をうまく扱う力」として理解する前提そのものが、
静かに揺らぎ始めます。
問題は、感情があるかどうかではなく、
その感情が、どのような意味として立ち上がっているのか、
という点に移っていくのです。
構造のずれ③|「管理」ではなく「意味」が問題になってきた
この関心の移動は、組織研究の領域でも見られます。
**カール・ワイク**が提示した
意味づけ(Sensemaking)の視点では、
感情は、判断や行動に先立って解釈されるプロセスの一部として扱われます。
感情 → 意味づけ → 判断 → 行動 → 関係。
ここで問われているのは、
感情を抑えられるか、整えられるか、ということではありません。
その感情が、どのように理解され、
どの判断につながっていくのか、という連なりです。
感情知性は、
「管理できるかどうか」の話ではなく、
意味がどこで、どのようにつくられているのか、
という問いへと移りつつあります。
構造のずれ④|共感は、万能ではなかった
EQが語られるとき、
共感はしばしば中心的な能力として位置づけられてきました。
しかし、共感が常に関係を良くするわけではない、
という指摘も増えています。
**アダム・グラント**は、
善意や配慮が、状況によっては関係を歪める可能性を示しています。
特に、立場や権力、役割に非対称性がある場面では、
「共感できる人」が、
いつの間にか感情の調整役を引き受け続けてしまうことがあります。
ここで浮かび上がるのは、
誰が感情を持っているかではなく、
誰が感情を引き受けているのか、という構造です。
転換点|それでも、EQは「能力ではない」と言い切れるのか
ここまで見てくると、
EQを個人の能力として捉える視点は、
もはや十分ではないようにも思えてきます。
それでもなお、
EQが個人にまったく関係のないものだ、
とは言い切れません。
感情は、身体を持つ個人を通して立ち上がります。
経験や履歴の違いによって、
同じ状況でも感じ方は異なります。
その意味で、
感情知性が個人の能力として現れる局面があること自体は、
否定できないのです。
ただし、
それを個人の資質やリーダーの力量に閉じた瞬間、
研究が問い始めている
関係や構造、負荷の偏りは、見えなくなってしまいます。
終わりに|EQは、誰が扱うべき問題なのか
EQは、
リーダーが身につける能力なのでしょうか。
それとも、
組織が、一人のリーダーに引き受けさせてきた
何かなのか。
感情知性という言葉が指してきたものは、
いま、静かにその置き場所を変えつつあるのかもしれません。
参考文献
ダニエル・ゴールマン
『EQ こころの知能指数(Emotional Intelligence)』
(Emotional Intelligence: Why It Can Matter More Than IQ)
感情知性(Emotional Intelligence)/心理学・リーダーシップ研究
感情知性を個人の能力として社会に可視化し、
リーダーシップ文脈へと接続した代表的研究。
本記事では「起点」としてのみ参照。
リサ・フェルドマン・バレット
『感情はこうしてつくられる
──脳が創りだす感情の正体』
(How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain)
感情構成理論(Constructed Emotion)/感情科学・神経科学
感情を反応ではなく「意味づけによって構成されるもの」と捉える理論。
感情知性を制御能力として理解する前提を問い直す研究。
カール・ワイク
『組織における意味づけ』
(Sensemaking in Organizations)
意味づけ理論(Sensemaking)/組織論・組織行動論
感情・判断・行動・関係がどのように連なっていくかを示した理論。
本記事では、感情知性を「管理」ではなく
意味づけのプロセスとして捉える視点として参照。
アダム・グラント
『GIVE & TAKE
──「与える人」こそ成功する時代』
(Give and Take: Why Helping Others Drives Our Success)
組織心理学/関係性・貢献・協働
善意や共感が常に望ましい結果を生むわけではないことを示す研究。
共感や配慮が関係の中で持つ非対称性を考える文脈で参照。
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