AIが速くなるほど、私たちは「最後に残るもの」を探し始めます。
論理や定型が代替されていくとき、人間に残るのは何でしょうか。そこに「直感」という言葉が置かれると、少しだけ安心してしまう感覚があります。
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載された入山章栄教授の記事は、まさにその地点から出発しています。
AI時代において人間に最後まで残る重要な役割は「直感による意思決定」である可能性が高い、という主張です。そして、直感がどのように形成されるのか、そのメカニズムを丁寧に分解していきます。
この記事には、支持できる論点が多く含まれています。
同時に、INNERSHIFTの文脈から読み替えると、別の問いも立ち上がってきます。
直感は、個人の能力なのでしょうか。
それとも、関係の中で立ち上がる「意味」の一形態なのでしょうか。
入山教授が整理した「直感」の地図
入山教授は、直感的意思決定を「時間をかけた論理的な推論・分析などを経ずに、瞬時に判断・意思決定すること」の総称として置き、そのうえで大きく3つに分けます。
- 直感(intuition):経験に基づく高速・無意識・全体把握(ゲシュタルト)的判断
- ヒューリスティック(heuristic):経験を必ずしも要しない簡便な認知ルール
- ガッツフィーリング:内受容感覚(心拍・内臓反応など)を通じた身体的直感
この区別は重要です。
「直感」をひとまとめにしてしまうと、熟達者の判断も、浅い近道も、身体の警報も、同じ袋に入ってしまいます。すると直感は、科学から遠いものにも、万能なものにも見えやすくなります。
入山教授の整理はそこを避けています。
直感が「経験」と「全体把握」に裏づけられること、ヒューリスティックは省エネの認知ルールであること、ガッツフィーリングは身体性を伴うこと。こうして分解されることで、直感は「根拠のない当て勘」から、議論可能な対象へ移動します。
直感は合理の“反対側”ではなく「別のモデル」
入山教授の記事の核になる枠組みは、ナチュラリスティック・デシジョン・メイキング(NDM)です。
現実世界の複雑で不確実な環境で、経験豊富な専門家がどのように素早く正確に判断するかを扱うパラダイムとして紹介されます。
ここで重要なのは、直感が「合理の反対側」ではない、という視点です。
NDMは、複数案を比較して最適解を選ぶという意思決定観とは別の回路を描きます。入山教授の整理では、直感は大きく3つの要素の統合として語られます。
- 圧縮されたパターン認識(RPDモデル)
- 世界モデル(因果シミュレーター)
- 情動システムによる重みづけ(ソマティック・マーカーなど)
ここで「直感が当たる」ことよりも前に、直感が「どう成立するか」が語られます。
INNERSHIFTの視点から読むと、この構造はそのまま「意味づけのモデル」として読み替えられます。
- パターン認識:手掛かり(キュー)を拾い、過去の経験テンプレートと照合します
- 世界モデル:状況→行動→結果の因果を、暗黙のまま数手先まで走らせます
- 情動の重みづけ:その結果が「良い/悪い」と評価されます(身体反応も含みます)
つまり直感は、偶然のひらめきではなく、意味づけが圧縮されて瞬時に出力された状態として立ち上がっている可能性が高い、と読めます。
「AIは直感を代替できない」という主張の中心は、情動の重みづけ
入山教授は、ヒューリスティックはAIが模倣しやすい、と述べます。
経験に依存せず、身体性や感情も伴わない、シンプルな認知ルールだからです。
一方で直感については、近年「AIは十分には代替できない」という研究が複数ある、という形で論点を積み上げます。
さらにNDMの3要素に分解すると、
- (1) パターン認識は、AIが近づきうる
- (2) 世界モデルも、世界モデル型AIが進展しています
- (3) 情動的重みづけは、AIと最も相性が悪い
という整理になります。
ここで鍵になるのが「体がない」という一点です。
AIには心臓も腸もなく、内受容感覚がありません。だからこそ、身体反応を通じて付与される“価値のタグ”(ソマティック・マーカー)のような仕組みが直感の核を支えているなら、AIはそこに根本的な制約を持ちます。
この論の運びは説得的です。
ただ、INNERSHIFT的には、次の問いが残ります。
情動の重みづけは、個人の内側だけで完結しているのでしょうか。
それとも、役割・責任・関係の配置によって、重みづけそのものが変わるのでしょうか。
直感の「重みづけ」は、個人の能力というより“配置”の産物
入山教授は、経営における評価関数(value/utility structure)が複雑であることを述べています。
売上、利益、企業価値だけではなく、社会的目標、世間の評価、従業員、投資家、任期、報酬……。重みづけの基準は複数で、しばしば矛盾します。
ここに、INNERSHIFTの接続点があります。
評価関数は、個人の性格だけで決まるわけではありません。
その人が置かれた立場、説明責任、誰に何を返す必要があるか、どの関係を維持しなければならないかで、評価関数は変わります。
同じ状況でも、直感が「腹落ち」になるのか、「胸騒ぎ」になるのかは、単に感情の強さではなく、関係の中で何が成功とされているかに引きずられる可能性があります。
直感は「人間の武器」かもしれません。
ただしその武器は、個人の内部に格納された道具というより、関係の中で起動する“意味の圧縮”なのかもしれません。
EQへの読み替え:直感を鍛えるより前に、意味を扱う場所が必要
入山教授は終盤で「直感は訓練可能なスキルである」という方向へ議論を進めています。
パターン認識、世界モデル、情動の重みづけ──それぞれに鍛え方がありうる、という整理です。
この流れは実務にとって魅力的です。
一方、INNERSHIFTでは、ここで少し速度を落とします。
直感(そして情動の重みづけ)が重要になるほど、その重みづけを、どこで扱うのかが問われるからです。
EQはしばしば「自己制御」や「共感」の能力として語られます。
しかし、入山教授が描いた直感のコアは、制御ではなく「重みづけ」です。そして重みづけは、価値判断の形をしています。
AI時代に残るのが直感だとすれば、AI時代に残るのは感情そのものではなく、感情が何を意味するかを扱う営みなのかもしれません。
ここで必要なのは、感情を抑える訓練ではなく、意味づけを個人に閉じず、関係の中で扱える枠組みです。
終わりに|直感はAIに代替されない
入山教授の記事は、直感を神秘化せず、研究の系譜とメカニズムとして扱っています。
直感を「武器」と言うときの根拠も、パターン認識・世界モデル・情動の重みづけに分解し、AIとの比較の形で示しています。
支持できる点は多いです。
そして同時に、INNERSHIFT的な問いも残ります。
直感が重要になるほど、判断は一人に集まりやすくなります。
重みづけは、孤立しやすくなります。
AI時代に残る直感は、誰の能力として称賛されるべきものなのでしょうか。
それとも、誰かが抱え込まないように、関係の中で扱われるべき問題なのでしょうか。
引用元記事
入山 章栄「直感はAI時代に欠かせない、人間ならではの武器である[第11回]直感の理論」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2026年2月号/2026-01-05公開)
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/13258
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