会議で誰も口を開かない。問いかけても反応が返ってこない。
こうした光景が続くと、「遠慮しているのでは」「主体性が足りないのでは」といった個人要因が語られがちです。
しかし、多くの場合、それは誤解です。
心理的安全性が広く語られるようになったにもかかわらず、現場の沈黙はなくなりません。
その背景には、“雰囲気”ではなく、関係の中に張り巡らされたリスク構造があります。
人が声を出せないのは、性格でも気質でもありません。
関係が生み出す構造こそが沈黙をつくります。
本稿では、心理的安全性がなぜ偽物になり、声が失われるのか。
そして声が戻る瞬間はどこに訪れるのかを扱います。
なぜ、人は声を出さなくなるのか──“正しさ”より“予測”が優先される職場
人は「何を言うか」よりも、「言ったあとどう扱われるか」を最優先に考えます。
上位者の反応が読めない環境ほど、この“未来予測”はネガティブに傾きます。
「反論されたらどうしよう」「場の空気を乱すかもしれない」「評価が下がるかもしれない」——
こうした予測が積み重なると、発言は“合理的に”避けられます。
特に責任範囲が広い役職者ほど、沈黙しやすくなります。
自分の発言が意思決定にどれほど影響するかを敏感に察知するためです。
つまり沈黙は、個人の弱さではなく、関係によって形成された予測モデルの帰結です。
エイミー・C・エドモンソン(Amy C. Edmondson)
『恐れのない組織(The Fearless Organization)』が示すとおり、
リスク構造が変わらない限り、人は本音を出しません。
沈黙は“気合”や“勇気”の問題ではありません。
構造の問題です。
心理的安全性が“偽物”になるとき──掛け声と構造がねじれた職場
「挑戦しよう」「失敗してもいい」
こうしたメッセージは、現場ではすぐに形骸化します。
なぜなら、組織には“深層前提”が存在するからです。
エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)が示すように、
組織文化には表層の言葉より強い“基本仮定”があり、
これが現場の解釈を上書きします。
たとえリーダーが前向きなスローガンを発しても、
その裏側で「失敗は評価を下げる」という文化が残っていれば、
人は“深層のルール”に従います。
その結果、心理的安全性は“お飾り”になります。
むしろ不信感が強まり、声はさらに失われます。
最上雄太(2022)『シェアド・リーダーシップ入門(Shared Leadership)』で扱われる
“モノローグ組織”は、このねじれの典型です。
構造が変わらない限り、安全は生まれません。
スローガンでは組織は動かないのです。
安全は“任せる”ではなく“引き受ける”から生まれる──構造が変わる瞬間
多くの組織で誤解されているのは、
心理的安全性=「任せる」「自由にさせる」
というイメージです。
しかし、それでは安全は生まれません。
人が挑戦し、声を出すようになる条件は、
リーダーが責任を先に引き受けることです。
Hernandez(2012)が示す“責任の交換(responsibility exchange)”では、
リーダーが「最終的な責任は自分が持つ」と明確にすることで、
はじめてメンバーは行動の幅を広げられます。
構造が変わるのは、この瞬間です。
任せる前に、引き受ける。
自由の前に、担保をつくる。
安全は優しさではありません。
関係の担保です。
この担保が確立したとき、失われていた声が少しずつ戻り始めます。
問いを残す
心理的安全性は“雰囲気”ではなく、構造です。
声は、誰かが責任を引き受けた瞬間に戻り始めます。
優しさではなく、関係の担保が安全をつくります。
あなたが責任を先に引き受けたとき、誰の声が最初に戻ってくるでしょうか。
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