「対話したのに、何も変わらなかった」が起きる理由
会議は行われている。
意見も出ている。
問題も共有されている。
それなのに、会議が終わった後、不思議な感覚が残ることがあります。
たくさん話した。
しかし、何かが変わった感じがしない。
そんな経験はないでしょうか。
もちろん、会話が行われていなかったわけではありません。
むしろ逆です。
参加者は発言している。課題も整理されている。改善案も検討されている。
それでも、「一緒に考えた感じ」が残らないことがあります。
なぜ、そのようなことが起きるのでしょうか。
問題共有と共同探究は同じではない
組織では、「問題を共有すること」が重視されます。
現状はどうなっているのか。
何が課題なのか。
どんな対策が考えられるのか。
こうした整理はとても重要です。
しかし、問題共有と共同探究は同じではありません。
問題共有では、問題そのものが中心になります。
一方で共同探究では、その問題に対して「私はどう見ているのか」が持ち寄られます。
つまり、
・私はなぜ気になっているのか
・私は何に違和感を持っているのか
・私は何を大切だと感じているのか
といった視点です。
問題だけが共有されても、その問題と人との関係が共有されなければ、一緒に考えることは難しいのかもしれません。
意見は出るのに、変化が起きない
会議でよく聞くのは、
「私は賛成です」
「私は反対です」
という言葉です。
しかし、その理由が十分に語られないことがあります。
なぜ賛成なのか。
なぜ反対なのか。
何を見ているのか。
何を気にしているのか。
そうした背景が共有されなければ、意見は並びますが、理解は深まりません。
結果として、
賛成意見
反対意見
代替案
が並ぶだけになってしまう。
そこでは議論は行われています。
しかし、互いの見方が出会っているわけではありません。
だから会議が終わっても、「何かが変わった」という感覚が残りにくいのです。
対話とは、意見交換だけではない
対話という言葉を聞くと、多くの場合は「話し合うこと」を思い浮かべます。
けれど、対話は単なる意見交換とは少し違うのかもしれません。
対話では、
「何を考えているか」
だけでなく、
「なぜそう考えるのか」
も共有されます。
さらに言えば、
「私は何を見ているのか」
が持ち寄られます。
同じ問題を見ていても、人によって見えている景色は違います。
ある人はリスクを見ている。
ある人は可能性を見ている。
ある人は顧客を見ている。
ある人は仲間への影響を見ている。
その違いが現れる時、会話は単なる情報交換を超えていきます。
「一緒に考えた感じ」はどこから生まれるのか
対話の中で、人は必ずしも結論が変わるわけではありません。
意見が一致するとも限りません。
それでも、
「一緒に考えた感じ」
が残ることがあります。
それは、自分には見えていなかった見方に出会えた時かもしれません。
あるいは、自分の考えが整理された時かもしれません。
重要なのは、同じ結論に到達することではなく、互いの見方が場に現れることです。
そこでは問題だけではなく、人も共有されています。
だから何かが少し動く。
理解が深まる。
考えが変わる。
そうした変化が生まれていきます。
対話期待性という特性
Emotional Compassでは、このような姿勢に関わる特性として、「対話期待性」があります。
対話期待性とは、対話を通して理解や状況が変わる可能性を信じる姿勢です。
すぐに答えを出すのではなく、
相手の見方に触れる。
自分の見方を持ち寄る。
そして、一緒に考えてみる。
その過程の中で、新しい理解が立ち上がることを期待する力とも言えます。
「何も変わらなかった」の向こう側
組織では、会議の数を増やすことはできます。
発言の機会を増やすこともできます。
しかし、それだけでは共同探究は生まれません。
問題を共有することと、一緒に考えることは違うからです。
もし会議の後に、
「対話したのに、何も変わらなかった」
と感じることがあるとしたら、
そこでは問題だけが共有され、人の見方はまだ共有されていないのかもしれません。
本当に変化を生む対話とは、意見を並べることではなく、互いの見方を持ち寄ることから始まるのかもしれません。
参考記事
なぜ人は話し合うほど、「一緒に考えなくなる」のか──「私は」が消える会議 #8
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JOURNAL
https://innershift.jp/journal
Emotional Compass
https://innershift.jp/compass-diagnosis/
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