効率化の先にある、考える力と判断する経験
若手社員が、生成AIを使って新しい事業の企画書を作成した。
市場の動向や顧客の課題、競合との比較が整理され、事業化に向けた提案までまとめられている。以前なら数日かかっていたかもしれない仕事が、短時間で完成した。
上司は、その企画書を高く評価した。
ところが、内容について話し始めると、気になることがあった。
「なぜ、この市場を優先したの?」
「ほかの選択肢は検討した?」
「この企画がうまくいかなかったら、何を見直す?」
若手社員は企画書の内容を説明できた。しかし、なぜその判断に至ったのかを尋ねられると、答えに迷ってしまう。
これは、AIを活用する職場で起こり得る状況を考えるための仮想的な場面です。
ここで、上司はどうすればよいのでしょうか。
AIを使わずに企画書を作り直させるのでしょうか。それとも、完成した成果物を評価し、そのまま次の仕事へ進ませるのでしょうか。
私は、この二つの対応だけでは十分ではないと考えています。
AIによって質の高い成果物が生まれることと、その仕事を担った人の判断力が育つことは、必ずしも同じではありません。
だからといって、AIを使わないことが、人を育てるための正しい方法とも限りません。
AIを使いながら、人が考え、判断し、経験から学ぶ機会を、リーダーはどのようにつくるのか。
これからの人材育成では、この問いが重要になるのではないでしょうか。
よい成果物ができれば、人は育っているのか
私たちは、企画書の完成度や分析資料の正確さ、顧客への提案内容など、目に見える成果物によって仕事を評価することがあります。
成果物の質は重要です。AIを利用したからといって、その価値が失われるわけではありません。
しかし、人材育成という視点からは、成果物だけでは見えないものがあります。
本人は何を理解し、どのような選択肢を比較し、何を根拠に判断したのでしょうか。
例えば、二人の社員が同じ水準の企画書を完成させたとします。
一人は、AIの情報を顧客の状況と照らし合わせて提案を組み立てた。もう一人は、AIの案を大きく変更せずに提出した。
成果物だけでは、両者の仕事の過程はわかりません。
もっとも、AIの提案を採用したからといって、本人が何も学んでいないとは言えません。AIとのやり取りを通じて、新しい知識や視点を得ることもあるでしょう。
また、判断の理由を十分に説明できないことが、判断能力の欠如を意味するわけでもありません。経験に基づいて判断できていても、その根拠を言葉にすることが難しい場合があります。
反対に、AIが作成した説明を流暢に再現できても、異なる状況で自分自身が適切に判断できるとは限りません。
説明することと判断することは関係していますが、同じものではありません。
だからこそ、リーダーは説明の上手さだけでなく、条件が変わった場合の対応や、異なる選択肢の比較にも目を向ける必要があります。
成果物の質を評価することと、本人が何を理解し、判断し、学んだのかを捉えることは、同じではないのです。
AIに任せることは、考えることをやめることなのか
AIを利用することで、人間が考えなくなるのではないか。
そうした懸念を考える際には、何をAIに任せているのかを区別する必要があります。
認知的オフローディング(Cognitive Offloading)という概念があります。
リスコとギルバート(2016)は、人間が認知的な作業の一部を外部の道具や環境に委ねることについて、先行研究を整理しています。
予定を手帳に記録する。計算機で複雑な計算を行う。必要な情報を外部に保存する。
私たちは以前から、道具を使って認知的な負担を調整してきました。作業を外部に委ねること自体が、直ちに能力の低下を意味するわけではありません。
生成AIにも、こうした側面があると考えられます。
例えば、資料の整理や文章の下書きをAIに支援してもらうことで、人間は顧客の事情や複数の選択肢を検討する時間を確保できるかもしれません。
一方、何を問題と捉え、どの選択肢を優先するのかという判断まで、十分に検討せず委ねてしまう場合もあります。
ただし、リスコとギルバートの研究は、生成AIによる人材育成効果を直接検証したものではありません。AIによって思考力が低下する、あるいは向上すると結論づける根拠にはなりません。
重要なのは、何をAIに任せ、何を自分で引き受けるのかという区別です。
作業を任せることと、判断を委ねること
例えば、顧客向けの提案書を作成するとき、AIに業界情報を整理してもらい、複数の構成案や想定される反論を提示してもらう。
これらは、本人の検討を支える使い方になり得ます。
しかし、AIが最初に提示した案を、そのまま最適な案として採用するなら、別の問題が生じます。
なぜ、その案が顧客に適しているのか。
AIが参照していない事情はないか。
前提が変わった場合、結論も変わるのか。
こうした問いに向き合うことは、判断に関わる重要な経験です。
もちろん、すべてを人間が一から検討し直す必要はありません。仕事の重要度やリスク、本人の専門性によって確認すべき範囲は変わります。
AIを使うか、使わないか。
その二者択一ではなく、AIを利用することで、本人がどのような思考と判断に集中できるようになるのかを考える必要があるのだと思います。
リーダーは、部下に何を経験させるのか
冒頭の若手社員の場面に戻ってみます。
AIで完成させた企画書は、よくできています。しかし、本人は判断根拠を十分に説明できません。
ここで上司がすべての答えを教えてしまえば、企画書は修正できるかもしれません。反対に、「自分で考えなさい」とだけ伝えても、何を考えればよいのかわからない可能性があります。
必要なのは、本人の経験や仕事の状況に応じて、判断する機会をつくることです。
まず、本人が何を考えたのかを確かめる
最初に必要なのは、AIを使ったことを責めることではありません。
例えば、次のように問いかけます。
「AIには、どのような条件を伝えたの?」
「出てきた案の中で、どこをよいと思った?」
「納得できなかった点はあった?」
「自分で修正した部分はどこ?」
これらの問いは、本人の思考過程を知る手がかりになります。同時に、部下自身が何を考え、何を考えていなかったのかを振り返る機会にもなります。
説明が十分でない場合には、別の角度から確かめることもできます。
「顧客の予算が半分になったら、提案をどう変える?」
「競合が同じサービスを始めたら、何を優先する?」
条件の変化に対する考え方も、本人の判断を理解する手がかりになります。
重要なのは、最初から正解を言わせようとするのではなく、本人がどのように考えているのかを理解することです。
次に、選択肢を比較する経験をつくる
AIが一つの企画案を提示したとします。
上司は、その完成度を評価するだけでなく、別の可能性を検討するよう促すことができます。
「別の市場を選ぶとしたら、どこが候補になる?」
「この提案を採用しない理由があるとしたら、何だろう?」
「顧客にとって最も重要な条件は何だと思う?」
AIの答えを疑うこと自体が目的ではありません。提案が妥当な場合もあります。
それでも、複数の選択肢を比較し、採用する理由を考える経験には意味があります。
例えば、AIに複数の案を提示させ、実際の顧客の事情と照らし合わせて本人が選ぶ。その理由を上司に説明し、必要な助言を受ける。
こうした過程を通じて、AIの利用と本人の判断を結びつけることができます。
判断を任せる範囲を見極める
ただし、部下に判断する経験を積ませることと、すべての判断を任せることは違います。
安全上の問題、法令への適合、顧客への重大な影響、多額の費用などが関わる場合には、上司や専門担当者による確認が必要です。
一方、影響が限定的で、実行後に修正できる仕事であれば、本人に判断を任せる余地があります。
ここで区別したいのは、判断について考える機会と、自分で選択したことを実際の仕事に反映させる機会です。
例えば、複数の案を比較しても、最後は上司がすべて決めるのであれば、本人が経験できるのは主として判断の検討過程です。
それも重要ですが、許容できる範囲では、本人が選んだ案を試し、その結果を確かめる経験にも意味があります。
社内向けの提案資料なら、部下自身が構成を決め、実際に使ってみることができるかもしれません。十分に伝わらなければ、改善点を振り返ることができます。
一方、顧客との重要な契約条件では、上司による承認が必要でしょう。
部下の経験、専門性、安全性、緊急性、業務上の責任を踏まえ、どこまで任せ、どこから支えるのかを見極める。
権限を委ねる場合にも、判断できる範囲、確認が必要な条件、問題が生じた際の相談先を明確にする必要があります。
権限の委譲は、リーダーが監督責任を放棄することではありません。
リーダーが責任を引き受けながら、部下自身の判断が実際の仕事につながる機会をつくることなのです。
実行した後に、何を学んだのかを振り返る
判断する経験は、選択した時点で終わるものではありません。
コルブ(1984)の経験学習(Experiential Learning)理論は、具体的な経験を振り返り、その意味を解釈して考え方を形成し、次の行動で試すという学習の循環を捉える枠組みを提示しています。
ただし、生成AIを用いた人材育成の効果を直接実証した研究ではありません。
この理論を実務に引き寄せるなら、AIを利用して企画を立てた社員に、実行後、次のように問いかけることが考えられます。
「顧客はどう反応した?」
「予想と違ったことはあった?」
「AIが提示した前提のうち、現場では当てはまらなかったものは?」
「次に同じ仕事をするとしたら、何を変える?」
本人は経験を単なる成功や失敗で終わらせず、次に使える考え方へと整理し、それを次の仕事で試すことができます。
成果が出たからといって、判断過程が適切だったとは限りません。反対に、期待した結果が得られなくても、重要な学びが生まれる場合があります。
仕事の成果と学習の成果は、ここでも区別して考える必要があります。
上司は、答えを与える人から何に変わるのか
エリンジャーら(2003)は、物流・流通業の職場を対象に、上司のコーチング行動と従業員の満足度や業績との関係を検討しています。
この研究は、生成AIを利用した育成効果を直接示すものではなく、あらゆる組織への一般化にも注意が必要です。それでも、上司の関わり方を考える参考になります。
私自身、約25年の教育実践を通じて、学習者が自分の経験を言葉にし、他者との対話の中で考え直す機会を重視してきました。
ここからは、私自身の実践に基づく考察です。
リーダーは、答えを教えることによってだけ、人を育てるわけではありません。
必要な問いを投げかけ、本人の考えを受け止め、別の視点を示し、判断を支えることによっても成長に関わることができます。
ただし、問いかけることが常に適切とは限りません。
必要な知識が不足していれば教える。緊急時には明確に指示する。経験を積む余地があれば、本人に考え、判断してもらう。
人を育てるとは、答えを教えないことではなく、相手が次に何を経験する必要があるのかを見極めることではないでしょうか。
リーダー自身は、AIの答えをどう判断しているのか
ここまで部下の育成を考えてきましたが、もう一つ重要な問題があります。
リーダー自身は、AIの答えをどう扱っているのでしょうか。
例えば、AIを使って新規事業の市場分析を行ったとします。
成長市場や競合、事業機会、想定されるリスクが整理され、説得力のある提案が示されます。
リーダーは、それを合理的だと感じるかもしれません。
しかし、その判断は何に基づいているのでしょうか。
文章が整っているからでしょうか。数字や分析項目が多いからでしょうか。
それとも、必要な情報を確かめ、異なる可能性を検討した結果でしょうか。
AIの提案が説得的であることと、正しいことは違う
自動化バイアス(Automation Bias)という研究上の概念があります。
パラスラマンとマンゼイ(2010)は、従来の自動化システムへの過信や依存、判断上の偏りについて、注意の働きなどを含む先行研究を統合的に論じています。
これは単一実験の結果ではなく、今日の生成AIによる経営判断を直接検証した研究でもありません。
そのため、生成AIを使うリーダーが必ず自動化バイアスに陥るとは言えませんが、AIの提案を人間がどう評価するかを考える補助線になります。
AIの説明が整っていることは、内容の適切さを保証しません。
例えば、市場参入の提案が示されても、自社の技術、顧客との関係、資金、人員、既存事業への影響を踏まえなければ、実行可能な判断にはなりません。
ここで問われるのは、AIを使う能力だけではありません。
AIが提示した選択肢について、自分は何を根拠に採用するのかを説明できるかということです。
部下に求める判断を、自分も実践しているか
部下に「なぜこの案を選んだのか」と尋ねる上司が、自分自身はAIの提案を十分に確かめず採用していたとしたら、どうでしょうか。
部下に判断根拠を求めながら、自分はその過程を省略していることになります。
もちろん、リーダーがすべての情報を自分で調べ、判断する必要はありません。AIや専門家、部下の知見を利用することは重要です。
しかし、最終的な判断責任を持つ立場であれば、どの情報を信頼し、何を確認し、どのリスクを引き受けるのかを考える必要があります。
「この提案の前提は何か」
「別の解釈は可能か」
「AIが把握していない現場の事情は何か」
「判断を誤った場合、誰にどのような影響が生じるか」
「この判断を、自分の言葉で説明できるか」
これらはAIを否定するためではなく、AIを利用しながら責任ある判断を行うための問いです。
リーダー自身がその姿勢を実践することは、部下に判断の重要性を伝えることにもつながるのではないでしょうか。
AIと働く時代、人を育てるとはどういうことか
AIによって、仕事の成果を生み出す方法が変わり始めています。
情報の整理や文章の作成、選択肢の提示などをAIが支援することで、これまで時間を要していた仕事を効率化できる場面があります。
しかし、ここで考えたいことがあります。
仕事の成果を生み出す仕組みが変わるとき、人が経験を積む仕組みも、考え直す必要があるのではないでしょうか。
例えば、企画書の作成時間が短縮されたことで、社員が顧客との対話や現場の観察に時間を使えるようになるなら、新しい学習機会が生まれるかもしれません。
一方、AIの案を確認して提出するだけになれば、本人が選択肢を比較し、判断する機会は限られる場合があります。
どちらになるかは、AIを利用したという事実だけでは決まりません。
リーダーが仕事をどう設計し、どのような経験を本人に任せるかによって変わります。
それは、AIに任せられる作業を無理に人間へ戻すことではありません。
AIによって生まれた時間や可能性を、本人の理解や判断、実行と振り返りにどう結びつけるかを考えることです。
私自身、教育実践を通じて、人が経験を捉え直し、他者との対話の中で考えを深め、次の行動へつなげることを重視してきました。
AIと働く時代にも、この視点は重要だと考えています。
AIが複数の案を示すなら、人間は何を基準に選ぶのか。
AIが仕事を速く進めるなら、部下にはどのような判断を任せるのか。
そして、リーダー自身はどの判断を引き受けるのか。
人を育てることは、仕事の効率化と対立する必要はありません。
しかし、成果だけを見ていては、本人がどのような経験を積んでいるのかを見失うかもしれません。
リーダーには、仕事を前に進める責任と、人が育つ機会をつくる責任の両方があります。
最後に、一つの問いを残したいと思います。
「AIによって仕事が速く進むようになったとき、私たちは部下に、どのような判断の経験を残しているのだろうか。」
参考文献
Risko, E. F., & Gilbert, S. J. (2016). Cognitive Offloading. Trends in Cognitive Sciences, 20(9), 676–688.
Parasuraman, R., & Manzey, D. H. (2010). Complacency and Bias in Human Use of Automation: An Attentional Integration. Human Factors, 52(3), 381–410.
Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice Hall.
Ellinger, A. D., Ellinger, A. E., & Keller, S. B. (2003). Supervisory Coaching Behavior, Employee Satisfaction, and Warehouse Employee Performance: A Dyadic Perspective in the Distribution Industry. Human Resource Development Quarterly, 14(4), 435–458.
INNERSHIFT
Emotional Compass
https://innershift.jp/emotional-compass/
INNERSHIFT JOURNAL
https://innershift.jp/journal/
