業績が悪くなれば、変わる理由は見つけやすい。
商品が売れない。顧客が離れる。利益が落ちる。そんな状況になれば、「これまでと同じではいけない」と誰もが考え始めます。
難しいのは、まだうまくいっているときです。
成果が出ている。だから、そのやり方を続ける。さらに磨く。人を育て、仕組みにしていく。
それは、経営としてごく自然なことです。そうやって成功した方法を組織の力に変えてきたからこそ、会社は成長してきたとも言えるでしょう。
ところが、ここに少し厄介な問題があります。
自分たちをここまで強くしたものが、次に変わることを難しくしているとしたら。
成功した「やり方」だけの話ではありません。
何を大切にするのか。何を基準に判断するのか。どんな人を評価するのか。どう仕事を分担するのか。そして、「この会社では、こうするのが当たり前だ」という感覚。
成功を重ねるなかで、そうしたものも少しずつ形づくられていきます。
では、環境が変わったとき、それらはどうなるのでしょうか。
組織研究の世界では、成功と学習、そして変化の難しさをめぐって、さまざまな研究が積み重ねられてきました。
今回は、その研究を手がかりにしながら、少し逆説的な問いを考えてみたいと思います。
自分たちをここまで強くしたものの中に、これからの変化を難しくするものはないだろうか。
成功から学ぶ。それは、間違っていない
私たちは、経験から学びます。
ある方法を試して、成果が出る。すると、その方法をもう一度使う。再び成果が出れば、「このやり方はうまくいく」という確信はさらに強くなります。
組織でも同じです。
売れた商品。顧客から支持されたサービス。成果を上げた営業方法。うまく機能した組織体制。
成功したものを残し、磨き、再現できるようにする。人材を育て、仕事の進め方を整え、仕組みにしていく。
これは、過去にしがみついているわけではありません。経験から学び、成功を偶然で終わらせず、組織の力へ変えていくプロセスです。
だからこそ、難しい。
失敗している方法なら、「やめよう」と言いやすい。
しかし、いまも成果を生んでいる方法を前にして、「そろそろ疑った方がいいのではないか」と言うには理由が必要です。
しかも、成功を重ねるほど、その方法を上手に使えるようになります。
ここに、組織学習が持つ興味深い逆説があります。
学習することで強くなる。けれど、学習したからこそ、それまでとは違う可能性が見えにくくなることがある。
「うまくやること」と「違う可能性を探すこと」
この問いを考えるうえで、まず知っておきたいのが、探索(exploration)と活用(exploitation)という考え方です。
この二つの概念を組織学習研究の重要なテーマとして提示したのが、組織の意思決定や学習研究で広く知られるジェームズ・マーチ(James G. March)です。
探索とは、まだ結果の分からない可能性を探すことです。新しい技術を試す。これまでとは違う市場を見る。別の仕事の進め方を試す。
一方の活用は、すでに持っている知識や能力を使い、さらに磨いていくことです。うまくいった方法を繰り返し、効率や精度を高めていく。
企業にとって、どちらも必要です。
しかし、いまのやり方を磨くことに集中すれば、そのやり方とは違う可能性を試す機会は少なくなっていきます。
ここで、成功が効いてきます。
成果が出ている方法には、「続ける理由」があります。人も時間もお金も、成果が期待できるところへ向かいやすい。経験を積めば、さらに上手になり、また成果が出る。
成功する。だから磨く。磨くから、もっと上手になる。そして、また成功する。
この循環そのものは、組織にとって大きな強みです。
ただ、その循環が強くなるほど、その外側にある、まだ成果が出るかどうか分からない可能性へ資源を向けることは難しくなります。
問題は、成功していることではありません。
成功しているからこそ、「ほかの可能性を探す理由」が見えにくくなることです。
強みは、いつ「硬さ」に変わるのか
ここでもう一つ、興味深い研究があります。
組織の強みが、環境や課題が変わることで、逆に変化を妨げる可能性を示した研究です。
この問題を「コア・ケイパビリティ(core capabilities)」と「コア・リジディティ(core rigidities)」という視点から研究したことで知られるのが、イノベーション研究者のドロシー・レオナルド=バートン(Dorothy Leonard-Barton)です。
企業が長い時間をかけて築いた強みは、単なる技術やノウハウではありません。
そこには、蓄積された知識やスキル、それを支える技術や管理の仕組み、組織で共有されてきた価値観や規範なども関わっています。
しかし、ある環境では競争力の源泉だったものが、環境や求められる能力が変わることで、新しいやり方を受け入れることを難しくする場合があります。
つまり、強みであり続けながら、同時に変化を難しくする「硬さ」を持ち始めることがあるのです。
この視点に立つと、成功体験の問題は、「昔のやり方に固執している」という個人の心理だけでは捉えきれなくなります。
成功によって磨かれてきた能力。それを活かすためにつくられた仕組み。そこで求められてきた人材や判断。そして、積み重ねのなかで形成されてきた価値観。
自分たちを強くしてきたものは、組織のさまざまなところに埋め込まれている可能性があります。
だから、変えるのが難しい。
手放さなければならないのは、一つの「やり方」だけではないかもしれないからです。
「何を捨てるか」ではなく、「何が自分たちを強くしたのか」
ここまで考えてくると、「過去の成功体験を捨てよう」という話ではないことが分かります。
むしろ考えてみたいのは、自分たちが何によって強くなってきたのか、ということです。
なぜ、この会社の商品は選ばれてきたのか。
なぜ、この営業方法で成果を上げられたのか。
なぜ、この組織のつくり方が機能してきたのか。
そこで働く人たちは、何を大切にし、どんな判断を繰り返してきたのか。
こうして見ていくと、「成功体験」という言葉では少し粗すぎるように思えてきます。
成功を繰り返すなかで、組織は学習します。
能力を磨き、仕組みをつくり、人を育て、判断の基準を共有していく。そうやって、自分たちなりの「強さ」がつくられていきます。
だから、問うべきなのは「過去を捨てられるか」ではないのかもしれません。
自分たちをここまで強くしたものは何なのか。
そして、その一つひとつは、これから向かおうとしている環境でも、同じように自分たちを強くしてくれるのか。
そんなふうに、自分たちの強さを少し違う角度から眺めてみる。
変化は、そこから始まるのかもしれません。
まだ成功しているとき、何を見るのか
失敗が明らかになってからなら、変化の必要性について議論することはできます。
難しいのは、その前です。
いまの商品は売れている。いまの顧客からも支持されている。いまの組織も機能している。
それでも、環境は少しずつ変わっていきます。
では、まだ成果が出ている段階で、経営者は何を見ればよいのでしょうか。
売上が落ちるより前に、何か兆候はあるのか。
いまの強みを磨き続けることと、まだ見えていない可能性を探索することを、どう考えればよいのか。
そして、自分たちをここまで強くしたものの中に、次の変化を難しくするものがあるとしたら、それにいつ気づけるのか。
成功しているときに、成功を疑うのは難しい。
だからこそ、考えてみたい問いがあります。
自分たちをここまで強くしたものの中に、これからの変化を難しくするものはないだろうか。
参考文献
March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71–87. https://doi.org/10.1287/orsc.2.1.71
Leonard-Barton, D. (1992). Core capabilities and core rigidities: A paradox in managing new product development. Strategic Management Journal, 13(S1), 111–125. https://doi.org/10.1002/smj.4250131009
