次の経営者に、何を引き継ぐのか。──事業継承とは、答えを渡すことではない。|INNERSHIFT

著者:Yuta Mogami, Ph.D.

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次の経営者に、何を引き継ぐのか。

──事業継承とは、答えを渡すことではない。

次の経営者に、何を引き継ぐのか。

──事業継承とは、答えを渡すことではない。

ある企業の次世代リーダー育成研修に携わるなかで、経営者と話す機会が増えました。

その企業は、長く続いた創業者による経営から、次の世代へと経営が引き継がれています。

現在の経営者は、会社がこれまで大切にしてきたものを受け継ぎながら、これからの経営のあり方を考えています。

私が印象に残っているのは、周囲の人々に積極的に意見を聞く姿勢です。

異なる考えを聞き、現実的な着地点を探る。一方で、経営者として自分が決めなければならないことも意識しているように見えます。

過去の経営を否定するのでもなく、過去のやり方をそのまま続けようとするのでもない。

その姿を見ながら、私は一つの問いを考えるようになりました。

経営者が次の経営者に引き継ぐべきものは、いったい何なのでしょうか。

引き継ぐべきものは、何なのか

事業継承というと、経営権限や株式、事業資産、取引先との関係、経営上の知識や経験などを引き継ぐことが思い浮かびます。

もちろん、いずれも重要です。

しかし、経営を引き継ぐ人が直面するのは、先代と同じ状況ではありません。

顧客の求めるものも、働く人々の価値観も、技術も変わります。過去には適切だった判断が、これからも適切であるとは限らないのです。

では、先代の経営判断をそのまま再現できないのであれば、何を受け継ぐのでしょうか。

私は、ここで二つのことを分けて考える必要があると思います。

一つは、会社が何を大切にしてきたのかという価値観です。

もう一つは、その価値観を実現するために、過去の経営者が選んできた具体的な方法や判断です。

この二つは、重なっていても同じではありません。

先代の判断には、その時代の市場環境や経営資源、顧客との関係が反映されています。

同じ価値観を大切にするからこそ、時代が変われば異なる判断が必要になることもあるでしょう。

受け継いだものを守ることと、過去の答えを繰り返すことは、必ずしも同じではないのです。

「売ること」と「社員の幸せを守ること」

私が関わっている企業の経営者を見てきたなかで、創業者から受け継がれていると感じる価値観が二つあります。

「売ること」。

そして、「社員の幸せを守ること」です。

これは、正式な企業理念として確認した言葉ではありません。経営者との関わりを通じて、私が大切なものとして受け止めている考え方です。

「売ること」は、企業が事業を続けていくうえで欠かせません。

しかし、何を、誰に、どのように売るのかは、時代によって変わります。

かつて顧客に求められた商品やサービスが、これからも同じように求められるとは限りません。

売ることを大切にするのであれば、過去の販売方法を守るだけではなく、今の顧客が何を必要としているのかを問い直すことが求められるでしょう。

「社員の幸せを守ること」も同様です。

社員が安心して働けること。仕事を通じて自分の力を発揮できること。生活や将来を考えられること。

何を幸せと感じるかは、人によっても、時代によっても異なります。

会社を守ることが、必ずしも従来の仕事や組織の形を変えないことを意味するわけではありません。

新しい事業に挑戦することが、社員の将来を守る判断になる場合もあるでしょう。反対に、変化を急ぐことが社員の生活や働く環境を脅かす場合もあります。

「売ること」と「社員の幸せを守ること」は、いつでも簡単に両立するとは限りません。

だからこそ、経営者は考え続けなければならないのだと思います。

何を売るのか。

誰のために売るのか。

社員の幸せを守るとは、今の時代に何を意味するのか。

価値観を引き継ぐとは、その言葉を繰り返すことではなく、今の現実のなかで、その意味を問い直すことなのではないでしょうか。

自分で考えることは、一人で考えることではない

経営者には、最終的に自分で決めなければならないことがあります。

しかし、自分で決めることと、一人で考えることは違います。

私が関わっている経営者は、周囲の人々の意見をよく聞きます。

異なる考えを受け止めながら、どこに現実的な着地点があるのかを探っているように見えます。

それは、判断を他者に委ねることとは異なります。

他者の意見を聞くことで、自分には見えていなかった問題に気づくことがあります。自分の考えを説明する過程で、判断の前提が明確になることもあるでしょう。

VroomとYetton(1973)は、リーダーが意思決定に他者をどの程度参加させるかについて、状況に応じて考えるモデルを提示しました。

意思決定の質がどれほど重要か。リーダーが必要な情報を持っているか。決定を実行する人々の受容がどの程度必要か。

そうした条件によって、適切な意思決定の進め方は異なるという考え方です。

この研究は、経営者が常に多くの人の意見を聞くべきだと主張するものではありません。

迅速な判断が必要な場面もあります。経営者自身が判断すべき問題もあります。

また、関係者の合意を得ることが、いつでも最善の答えにつながるわけでもありません。

重要なのは、何を自分で判断し、どの段階で誰の知見を取り入れるのかを考えることです。

他者が答えを与えるのではなく、対話を通じて経営者自身が課題に気づくという考え方も、ここで参考になります。

他者と考えることは、判断責任を曖昧にすることではありません。

むしろ、多様な考えに触れたうえで、何を選び、何を選ばないのかを引き受けることが、経営者の仕事なのだと思います。

そして、事業継承を考えるなら、もう一つ重要なことがあります。

先代の判断を理解することは必要でも、次の経営者が同じ判断をしなければならないわけではありません。

自分とは異なる考えに耳を傾けながら、自分たちの時代にふさわしい答えを選ぶ。

その責任を引き受けることも、経営を継ぐということなのでしょう。

10年後の経営を担う人たちへ

現在、私が関わっている次世代リーダー育成研修では、異なる部門の社員が集まり、会社の歴史や強みを調べています。

社員や役員の考えを聞き、AIによって仕事がどう変わるのかを考え、会社のこれからについて議論しています。

そこには、あらかじめ用意された正解がありません。

参加者自身が問いを立て、自分たちなりに考えることを大切にしています。

経営者も、研修に時間を確保して参加しています。

私が見ている範囲では、経営者が同席していても、参加者は比較的率直に自分の考えを述べています。

ただし、この観察だけで、心理的安全性が高まったとか、参加者の経営能力が向上したと判断することはできません。

私は、今この研修に参加している人たちが、10年後には会社の経営を中心となって担う世代になっていると考えています。

もちろん、これは私自身の見立てであり、正式な後継者指名や経営人事計画を確認したものではありません。

だからこそ、今この時点で、自分たちの会社の未来を考える経験に意味があると思うのです。

10年後には、今とは異なる顧客、技術、働き方、経営環境に向き合っているでしょう。

そのとき、現在の経営者が示した答えを覚えているだけでは、十分ではないはずです。

何が変わったのか。

何を守るべきなのか。

何を変えなければならないのか。

自分たちで問いを立て、考え、判断することが求められます。

Day(2000)は、リーダーの個人的な能力を育てることと、人々の関係性を通じてリーダーシップを育てることを区別しています。

知識や技能を身につけることは大切です。

しかし、将来の経営を考えるのであれば、異なる立場の人々が互いの考えを知り、ともに問題に向き合える関係にも目を向ける必要があるでしょう。

今回の研修によって、将来の経営判断能力が高まったことを確認したわけではありません。

それでも、これからの会社を担う世代が、現在の経営者と同じ場で会社の未来を考えることには、教育としての可能性があると思います。

それは、経営者の答えを受け取るための時間ではありません。

自分たちの時代に、自分たちが向き合うべき問いを考え始めるための時間です。

次の経営者は、自分の答えをつくる

経営者が交代しても、会社の歴史が消えるわけではありません。

創業者が大切にしてきた価値観も、そこで働いてきた人々の経験も、次の世代へと受け継がれていきます。

しかし、次の経営者が生きる時代は、先代とは違います。

同じ価値観を受け継いでも、同じ判断をするとは限りません。

むしろ、価値観を大切にするからこそ、過去とは異なる選択をしなければならないこともあるでしょう。

「売ること」を大切にするなら、これから何を顧客に届けるのかを考える。

「社員の幸せを守ること」を大切にするなら、これからの働き方や事業のあり方を考える。

そのためには、社員や顧客、さまざまな立場の人々が持つ知識や経験に触れることも必要になるでしょう。

しかし、どれほど多くの意見を聞いても、経営者が引き受けるべき判断の責任まで、他者に渡せるわけではありません。

受け継いだ価値観を、これからの時代にどう実現するのか。

その答えをつくるのは、次の経営者自身です。

引き継ぐべきなのは、先代の答えそのものではない。その答えの根底にある価値観と、次の時代の答えを自ら考え、決める責任なのだと思います。

先代と異なる答えを出すことは、必ずしも先代を否定することではありません。

受け継いだものを大切にするからこそ、異なる答えを選ぶこともあるのです。

あなたの組織では、次の世代に何を引き継ごうとしているでしょうか。

過去の答えでしょうか。

それとも、未来の問いに向き合い、自ら判断する責任でしょうか。

参考文献

Day, D. V. (2000). Leadership development: A review in context. The Leadership Quarterly, 11(4), 581–613. https://doi.org/10.1016/S1048-9843(00)00061-8

Vroom, V. H., & Yetton, P. W. (1973). Leadership and decision-making. University of Pittsburgh Press.


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