決断のあとに続く、対話と責任
「ノー」と伝えたあと、何が起きるのか
部下の話を十分に聞いた。事情も理解した。その希望が、本人にとってどれほど重要なのかもわかっている。
それでも、リーダーとして「今回は認められない」と判断しなければならないことがあります。
例えば、ある部下が、新しいプロジェクトの責任者を務めたいと希望したとします。
本人には意欲があり、これまでの仕事でも一定の成果を上げてきました。リーダーも、その成長を評価しています。
しかし、今回のプロジェクトには、他部門との複雑な調整や、短期間での重要な判断が求められます。リーダーは複数の候補者を検討した結果、別の社員を責任者に任命しました。
部下は、その判断に納得していません。
「自分には経験が足りないということでしょうか」
「挑戦する機会がなければ、いつまでたっても経験を積めないのではありませんか」
リーダーには、判断の理由があります。
しかし、部下にも、自分の希望が認められなかったことへの思いと、その判断に対する疑問があります。
ここで、リーダーの仕事は終わったのでしょうか。
組織として必要な判断を下し、結果を伝えた。それで責任を果たしたと言えるのでしょうか。
私は、そうではないと考えています。
リーダーの責任は、判断を下した時点で終わるわけではありません。
なぜなら、その判断を受けた部下は、その後も同じ組織で働き、他者と関わり、自分自身の将来を考え続けるからです。
そして、リーダー自身もまた、その部下とともに仕事を続けていく可能性があります。
判断には、結果があります。
しかし、その結果を受けた人が何を経験し、どのように仕事と向き合っていくのかという問題は、判断の瞬間には終わりません。
ここで考えたいのは、希望を認められなかった部下を、どのように納得させるかではありません。
意見の相違が残るとき、リーダーは、その相手とどのような関係を築こうとするのか。
その問いです。
説明すれば、納得してもらえるのか
リーダーが希望に沿わない判断を下したとき、その理由を説明することは重要です。
なぜ別の社員を選んだのか。何を判断基準としたのか。本人の能力や経験を、どのように評価したのか。
こうした説明がなければ、部下は、自分がなぜ選ばれなかったのかを理解する手がかりを得られません。
しかし、十分に説明すれば、部下は必ず納得するのでしょうか。
ここで参考になるのが、組織的公正(Organizational Justice)の研究です。
ジェラルド・グリーンバーグやジェイソン・コルキットらの研究では、組織における公正を、単に結果の公平さだけでなく、意思決定の手続き、相手への接し方、説明のあり方など、複数の側面から捉えています。
例えば、昇進や役割の選任で希望が認められなかった場合でも、判断基準が一貫しているか、本人の意見を検討する機会があったか、尊重された扱いを受けたか、適切な説明があったかによって、その判断の受け止め方は異なり得ます。
ただし、ここから「丁寧に説明すれば、相手は納得する」と結論づけることはできません。
結果に対する評価と、手続きや説明に対する評価は、区別して考える必要があるからです。
部下は、選考の過程が公正だったと理解しても、結果には不満を持ち続けるかもしれません。
あるいは、説明を聞いたことで、かえって判断基準への疑問が強くなることもあるでしょう。
先ほどの例で、リーダーが次のように説明したとします。
「今回は、他部門との調整経験を重視しました。その点で、別の候補者の方が適任だと判断しました」
部下は、その説明を理解できるかもしれません。
しかし、こう問い返す可能性があります。
「では、私がその経験を積む機会は、これまでどこにあったのでしょうか」
この問いは、単なる不満とは限りません。
今回の選任結果だけでなく、これまでの育成機会や役割配分のあり方を問うている可能性があります。
例えば、他部門との調整経験を選任条件として重視するのであれば、社員がその経験を積む機会は、どのように配分されてきたのでしょうか。
特定の社員に機会が集中していなかったか。希望や適性を確認する機会はあったか。経験が不足している社員に、次の挑戦につながる仕事を任せる仕組みはあったか。
もちろん、すべての不選任が、育成や機会配分の不公正によって生じるわけではありません。
本人の経験や能力、プロジェクトの条件によって、別の候補者を選ぶことが妥当な場合もあります。
しかし、判断理由を説明する過程で、その判断を生み出した組織の条件そのものが問われることがあります。
リーダーは、今回の選任理由だけでなく、今後どのような成長機会を用意できるのか、組織の側に見直すべき点がないのかについても、考える必要があるのではないでしょうか。
私は、説明責任には、単に判断理由を伝えることを超えた意味があると考えています。
それは、自分が何を考慮し、どのような理由で判断したのかを相手に開くことです。
そして、その説明に対して新たな疑問が生まれたなら、判断の背景にある組織の条件も含めて検討する余地を残すことです。
説明は、相手の納得を保証するものではありません。
また、説明の目的を、相手に判断を受け入れさせることだけに置いてしまえば、対話は説得の手続きになってしまいます。
説明したという事実だけで、説明責任がすべて果たされたとは限らないのです。
意見が違うまま、関係を続けられるか
部下がリーダーの判断に納得しない。
その状態は、できるだけ早く解消しなければならないのでしょうか。
組織には、判断が下された以上、それに従って仕事を進めなければならない場面があります。
しかし、仕事上の役割や行動について合意することと、その判断を内心から正しいと思うことは、同じではありません。
部下は、今回の選任結果に納得していなくても、新しい責任者と協力して仕事を進めることができるかもしれません。
一方で、今回の経験を通じて、自分の将来をこの組織に託せるのか、考え直すかもしれません。
どちらの可能性も、リーダーは簡単に否定できないはずです。
ここで考えたいのが、従業員の発言(Employee Voice)と沈黙(Employee Silence)の研究です。
エリザベス・モリソンは、従業員が組織の問題や改善について発言すること、あるいは発言を控えることを、組織にとって重要な現象として整理しています。
また、ジェームズ・デタートとイーサン・バリスは、リーダーの行動と従業員の発言との関係を検討しています。
これらの研究は、社員が意見を持っていることと、その意見を実際に表明することが、必ずしも同じではないと考える手がかりになります。
ただし、希望が認められなかった部下が、その後必ず沈黙するという因果関係を、ここで主張するものではありません。
私が注目したいのは、判断後の関係において、部下が異議を述べる余地が残されているかという問題です。
例えば、リーダーが次のように伝えたとします。
「今回の判断は変わりません。ただ、あなたが納得していないことは理解しています。今回の選考や、これまでの育成機会について疑問があれば、引き続き聞かせてください」
この言葉が、必ず信頼につながるとは限りません。
実際に話を聞く姿勢がなければ、形式的な説明に終わるでしょう。
また、部下がそれ以上話したくないと思うこともあります。
ここで、リーダーが「これからも率直に話し合おう」と繰り返すこと自体が、部下にとって圧力になる可能性もあります。
リーダーには、評価や役割配分に関わる権限があります。
そのため、部下が対話を断ることで、今後の評価や関係に悪影響が生じるのではないかと感じることもあるでしょう。
関係への責任には、対話を求めることだけでなく、相手が対話しない自由を守ることも含まれます。
部下が今は話したくないのであれば、その意思を尊重する。
必要な業務上の連絡と、本人の感情や将来について話す機会を区別する。
本人が希望したときに相談できる機会を残しながら、その利用を強制しない。
私は、こうした配慮もまた、リーダーが引き受けるべき責任だと考えています。
重要なのは、異議を述べることを、関係を壊す行為として扱わないことです。
意見が一致しないことと、相手を尊重できないことは、同じではありません。
ただし、異なる意見を持ちながら協働できることと、どのような状況でも協働を続けるべきだということも、同じではありません。
判断の過程に重大な不公正があった場合や、関係の中で尊厳が損なわれている場合には、単に対話を続けるだけでは不十分です。
判断の再検討、手続きの是正、第三者の関与などが必要になることもあるでしょう。
また、部下が別の機会や環境を選ぶことも、尊重されるべき選択です。
対話的な関係とは、相手を組織につなぎとめるための関係ではありません。
相手が自分自身の考えを持ち、異なる判断をする可能性も含めて、その主体性を尊重する関係なのではないでしょうか。
判断したリーダーも、問い直され続ける
リーダーが判断を下したあと、その判断を変更しないことが、一貫性なのでしょうか。
組織運営において、判断の一貫性は重要です。
一度決めたことが、その場の反応によって簡単に変わってしまえば、社員は何を基準に仕事を進めればよいのかわからなくなります。
しかし、判断を変更しないことだけが、一貫性ではないはずです。
例えば、先ほどのプロジェクト責任者の選任について、部下との対話を続ける中で、新たな事実が明らかになったとします。
部下には、リーダーが把握していなかった他部門との調整経験がありました。
あるいは、選考基準として重視された経験を積む機会が、特定の社員に偏っていたことがわかったかもしれません。
その場合、リーダーはどうすべきでしょうか。
「もう決めたことだから」として、判断を維持することもできます。
しかし、新たな事実が判断の根拠に関わるのであれば、その根拠を改めて検討する必要があるのではないでしょうか。
もちろん、すでに任命された別の社員の立場もあります。
その社員もまた、任命を受けて準備を進め、責任を引き受けようとしているかもしれません。
判断を変更すれば、本人の役割や信頼だけでなく、プロジェクトに参加する他部門の計画や協力関係にも影響が及びます。
一方で、判断の根拠に重大な問題があるとわかりながら、関係者への影響を理由に検討を拒むことも、責任ある態度とは言えないでしょう。
だからこそ、再検討は、希望が認められなかった部下の要求に応じて、結論を変えることとは異なります。
何を判断基準としたのか。
その基準は妥当だったのか。
新たに明らかになった事実は、判断を変えるほど重要なのか。
判断を維持する場合にも、変更する場合にも、誰にどのような影響が生じるのか。
リーダーは、これらを合わせて検討する必要があります。
ここで、リーダーシップと信頼の研究も参考になります。
ロジャー・メイヤー、ジェームズ・デイビス、F・デイビッド・スクールマンは、組織における信頼を考える枠組みとして、能力、善意、誠実さなどの要素を提示しました。
この枠組みは、リーダーが判断を変更したかどうかという結果だけでなく、どのような能力や意図、原則に基づいて行動していると相手から受け止められるかを考える手がかりになります。
ただし、判断を再検討すれば信頼が回復する、ということが、この研究から直接導かれるわけではありません。
ここからは、私自身の考察です。
私は、リーダーの一貫性とは、過去の結論を守り続けることでも、異議が出るたびに結論を変更することでもないと考えています。
むしろ、判断の根拠となる価値や原則を確かめながら、複数の関係者への責任を引き受け続けることに、一貫性の意味があるのではないでしょうか。
新しい事実が明らかになっても、判断を維持する場合があります。
反対に、以前の判断に誤りがあったと認め、修正する必要が生じる場合もあります。
大切なのは、結論を変えるかどうかを先に決めることではありません。
判断したリーダー自身も、判断のあとに生まれる問いから自由ではないということです。
決断したことは、問い直される責任から解放されることを意味しません。
決断のあとに残る、リーダーの責任
部下の希望を認めなかった理由を説明する。
その説明に対して、部下が新たな疑問を投げかける。
すると、当初は個人の経験不足として捉えていた問題の背後に、組織の育成機会や役割配分のあり方が見えてくることがあります。
判断したあとに、判断を生み出した条件が問い直されるのです。
私は、ここにリーダーの三つの責任があると考えています。
一つは、判断する責任です。
組織の目的や制約、関係者への影響を考慮し、必要な判断を引き受けること。
二つ目は、説明する責任です。
判断の理由や基準を相手に示すだけでなく、その説明によって明らかになった疑問にも向き合うこと。
そして三つ目は、関係への責任です。
判断を受けた相手の主体性を尊重し、対話を続けることも、対話しないことも選べる余地を守ること。
この三つの責任は、必ずしも一つの結論に収束しません。
判断が妥当であっても、相手は納得しないかもしれません。
組織の側に改善すべき条件が見つかっても、今回の選任結果を変更できない場合があります。
また、リーダーが関係を続けたいと願っても、相手が別の道を選ぶこともあります。
そうした結果まで、リーダーが支配することはできません。
私の博士研究では、職場における対話的関係の形成に着目してきました。
そこで考えてきたのは、リーダーが一方的に相手を理解し、働きかけるだけではなく、リーダー自身も他者との関わりの中に身を置くという視点です。
ただし、今回論じている判断後の関係継続や信頼の修復が、博士研究によって直接実証されたという意味ではありません。
ここで述べているのは、その研究と教育実践を背景とした、私自身の考察です。
リーダーは、部下の希望に「ノー」と言うことができます。
しかし、その判断によって明らかになった組織の問題や、相手との関係に生じた変化まで、なかったことにはできません。
リーダーの責任とは、相手の納得を獲得することではなく、自らの判断が他者と組織にもたらした問いを、引き受け続けることではないでしょうか。
そして、その責任を果たそうとすることと、相手が関係を続けることを選ぶかどうかは、別の問題です。
自分の判断に同意しない相手と、それでも、どのように向き合うのか。
その問いに、決まった答えはありません。
だからこそ、決断のあとにも、リーダー自身の学習は続くのだと思います。
参考文献
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