組織には、変わらない「当たり前」がある
ある組織のリーダーは、メンバーに繰り返し伝えていました。
「もっと自分たちで考えてほしい。これまでのやり方にとらわれず、新しいことにも挑戦してほしい」
そのために、メンバー同士で意見を出し合う機会を設け、現場で判断できることを増やそうとしていました。
ところが、重要な案件になると、メンバーは以前と同じようにリーダーの判断を待ちます。会議では新しい提案が出ても、最終的には過去の実績がある方法が選ばれます。
リーダーは、なぜ行動が変わらないのかと考えていました。
そんなある日、難しい案件についてメンバーが新しい進め方を提案しました。
リーダーは、その提案に可能性を感じながらも、まず過去の実績を確認するよう求めました。そして、いくつかのリスクを検討した末、自分で最終判断を下しました。
その判断には、十分な理由があったのかもしれません。
しかし、メンバーはその後、以前にも増して慎重に判断を仰ぐようになりました。
リーダーは、なぜ自分の思いが伝わらないのかと考えていました。
この組織では、何が起きているのでしょうか。
組織文化は、目に見えるものだけではない
組織文化を考えるうえで、エドガー・シャイン(Edgar H. Schein)の研究は重要な手がかりになります。
シャインは組織文化を、三つの水準から捉えています。
第一は、**人工物(Artifacts)**です。会議の進め方、制度、日常の言葉遣い、実際の行動など、外から観察できるものです。
第二は、**標榜される信念と価値観(Espoused Beliefs and Values)**です。組織が大切にすると表明している方針や考え方です。
第三は、**基本的仮定(Basic Underlying Assumptions)**です。組織のなかで当然のこととして受け入れられ、普段は意識されにくくなっている前提です。
この三水準は、単純に上から下へ原因が流れる関係ではありません。目に見える行動や、言葉として掲げられた価値観を理解するには、その背後で何が当然視されているのかを考える必要があります。
先ほどのケースでは、「自分たちで判断する」という方針が示されています。
しかし、重要なことは最後にリーダーが決めるものだ、という前提が共有されているとしたらどうでしょうか。
メンバーが判断を待つ行動も、リーダーが最後に判断する行動も、同じ前提と結びついている可能性があります。
表明された方針と日常の行動が異なるとき、単に方針が伝わっていないとは限らないのです。
その「当たり前」は、なぜ生まれたのか
では、組織のなかで当然視されている前提は、どこから来るのでしょうか。
シャインの組織文化論では、集団が外部環境への適応や内部の協働という問題に対処し、その経験から学んできたことが、文化の形成と関わっています。
組織の「当たり前」は、単に長く続いてきた習慣ではありません。
ある考え方や判断の仕方が、繰り返し組織の問題を解決してきたからこそ、次第に疑われなくなっていくことがあります。
そして、新しく加わったメンバーも、それを「この組織では、こう考えるものだ」と学んでいきます。
つまり、組織文化には、過去の経験から学んできたことが、次の人々の判断を方向づけるという側面があるのです。
たとえば、重要な判断をリーダーに集めることで、組織が難しい局面を乗り越えてきたとします。
その方法には、判断の速さや責任の明確さという利点があったかもしれません。
メンバーが判断を仰ぐことも、リーダーが最終的に決めることも、その組織にとって合理的な対応だった可能性があります。
やがて、その判断の仕方が、改めて理由を問われることのない前提になっていく。
ここで考えたいのは、過去の方法が間違っていたかどうかではありません。
かつて組織を支えてきた前提が、現在も同じように適切なのか。
その問いを持つこと自体が、難しくなっているのかもしれません。
リーダー自身も、組織文化の一部である
シャインは、リーダーが組織文化の形成や維持に関わる仕組みについても論じています。
リーダーが日常的に何に注意を向けるのか。何を測定し、評価するのか。問題や危機が生じたとき、どのように反応するのか。
さらに、どのような活動に資源を配分し、何を成果として評価するのか。
こうした振る舞いは、組織のなかで何が重要とされているのかを伝える働きを持ちます。
先ほどのリーダーは、メンバーに自律的な判断を求めていました。
一方で、重要な案件になると過去の実績を重視し、自分で最終判断を下していました。
リーダーは、メンバーの挑戦を望んでいないわけではありません。
ただ、顧客への責任や、これまで築いてきた信頼も大切にしているのかもしれません。
その両方を守ろうとした結果、難しい場面では、確実性の高い従来の方法を選ぶ。
だとすれば、問い直すべきなのは、リーダーの言葉と行動の不一致だけではありません。
何を守ろうとして、その判断を選んでいるのか。
そこにも、組織の「当たり前」を理解する手がかりがあるのではないでしょうか。
メンバーはリーダーの言葉だけでなく、実際の判断や反応も見ています。
新しい提案を歓迎すると言いながら、難しい場面では従来の方法が優先される。
その経験が繰り返されれば、メンバーは何を重視して行動すべきかを、そこから読み取るかもしれません。
ここからは、シャインの理論を手がかりにした私自身の考察です。
組織文化を変えようとするリーダーは、組織の外側から文化を動かす存在ではありません。
リーダー自身も、その組織で経験を積み、判断を重ねてきた一人です。
だからこそ、変えたいと考えている文化を、自分の行動によって支えている可能性もあります。
ただし、文化はリーダー一人がつくるものではありません。メンバー同士の関係や共有された経験も、その形成と維持に関わっています。
問題は、誰が悪いのかではなく、何が組織のなかで繰り返され、その繰り返しによって何が守られてきたのか、ということではないでしょうか。
「当たり前」を問い直すのは、誰なのか
組織に根づいた「当たり前」は、必ずしも変えるべきものではありません。
それによって守られてきた品質や信頼、判断の一貫性があるかもしれないからです。
一方で、組織が新しい方針を掲げても、日常の判断が以前と変わらなければ、メンバーは戸惑うかもしれません。
そのとき、リーダーはメンバーの行動だけを見ているのでしょうか。
それとも、自分自身が何を重視し、どのような場面で従来の判断に戻っているのかにも目を向けているのでしょうか。
組織文化は、誰か一人の意志だけで形成されるものではありません。
そして、その文化のなかで判断し、行動しているのは、メンバーだけでもありません。
私たちの組織には、誰も疑わなくなった「当たり前」があるだろうか。
その「当たり前」は、これまで組織の何を支えてきたのだろうか。
リーダー自身の日々の判断や行動が、その「当たり前」を支えているとしたら、それは何だろうか。
参考文献
Schein, E. H. (2010). Organizational Culture and Leadership (4th ed.). Jossey-Bass.
Schein, E. H., & Schein, P. A. (2017). Organizational Culture and Leadership (5th ed.). John Wiley & Sons.
