「私が考えるしかない」
「いずれにしても、私が考えるしかない」
ある経営者と、AIについて話していたときの言葉です。
AIが仕事や組織のなかへ急速に入り込んでいる。使うか、使わないかではなく、その存在を前提に、これからを考えなければならない。
けれど、5年後、10年後に何が起きているのかは、誰にも分かりません。
これまで成功してきた企業にも、経営者にも、未来の答えがあるわけではない。むしろ、過去の成功経験が、これからを考える枠を狭めることもあります。
そんな話のなかで、彼は言いました。
「いずれにしても、私が考えるしかない」
最後には、自分で決める。
誰かに相談することはできます。意見を聞くこともできます。自分にはない経験を持つ人から、見えていなかったものを教えてもらうこともできます。
それでも最後に、「私はこうする」と決める立場は残ります。
では、自分で決めることと、一人で考えることは、同じなのでしょうか。
決める人が、他者と考える
彼は「私が考えるしかない」と言いながら、実際には多くの人と話しています。
AIを当然のように使う若い世代とも話す。自分とは違う経験をしてきた人とも話す。私とも、こうして話している。
それは、誰かに答えをもらうためではありません。
話しているうちに、自分が当然だと思っていた前提が揺れる。考えていなかった可能性が見えてくる。自分の考えそのものが変わることもある。
意思決定研究にも、この違いを考えるための補助線があります。
ビクター・ブルーム(Victor H. Vroom)とフィリップ・イェットン(Philip W. Yetton)は、リーダーの意思決定プロセスを分類し、他者から情報を得たり、問題を共有して意見を求めたりしながらも、最終的な意思決定はリーダー自身が行う方法を区別しました。
相談することは、決定を誰かに渡すことと同じではありません。
決める人が一人であっても、考える過程まで一人の内部に閉じる必要はない。
未来が見えないときには、この違いがいっそう大きくなるように思います。
過去の経験から考える。自分の知識から考える。これまでうまくいった方法から考える。
それらは大切です。
しかし、未来が過去の延長線上にあるとは限らないとき、自分とは違う経験を持つ人との対話は、自分だけでは見えなかったものを思考のなかへ持ち込んできます。
対話しても、決断は消えない
もちろん、対話をすれば正しい答えが見つかるわけではありません。
むしろ、話すことで簡単には決められなくなることもあります。
見えていなかった選択肢が増える。自分の前提に疑問が生まれる。一度決めかけたことを、考え直す。
それでも、どこかでは決めなければならない。
他者と考えることはできても、最後に決め、その結果を引き受ける立場まで消えるわけではありません。
そこには、一人で引き受けるような感触が残ります。
「孤独」という言葉が浮かぶとすれば、おそらくその部分なのでしょう。
誰とも考えられないという孤独ではない。
多くの人と考えたあとにも、最後の決断は自分のところへ戻ってくる。その感触です。
その話をしていたとき、彼はふっと言いました。
「でも、面白いけどね」
分からないまま、試していく
未来が分からないことを、楽観的に楽しんでいるという意味ではありません。
失敗するかもしれない。判断を誤るかもしれない。責任も残ります。
それでも、その状況のなかへ入っていく。
「ゲーム的に、試してやる」
そんなニュアンスもありました。
完全に分かるまで待つのではなく、まず試してみる。動かしてみる。そこで起きたことを見て、また考える。
サラス・サラスバシー(Saras D. Sarasvathy)が示したエフェクチュエーション(Effectuation)は、この場面を考えるもう一つの補助線になります。
未来の予測が難しい状況では、正確な予測だけに頼るのではなく、手元にある手段や自分たちがコントロールできる範囲から行動を起こし、その過程を通じて状況を形づくっていくという意思決定の考え方です。
これは、「不確実性を楽しめ」という話ではありません。
分からないものは、分からないままです。失敗の可能性もなくなりません。
それでも、分からないから動かないのではなく、いま動かせるところから試してみる。
考える。誰かと話す。揺らぐ。また考える。そして、決める。
未来を知っているから動けるのではなく、分からない未来のなかで、考えながら動いていく。
一人で決めることと、一人で考えること
経営者だから、一人ですべてを考えなければならないわけではありません。
他者に思考を開いても、最後に自分で決めることはできます。
むしろ、自分で決めなければならない人だからこそ、一人で考えないことに意味があるのかもしれません。
「こんな立場は、なかなかない」
彼には、そんな感覚もありました。
答えがない。失敗するかもしれない。それでも、自分で決める。
その前に、できるだけ多くの人と考える。
誰かの答えに従うためではなく、自分の考えを閉じないために。
そして最後には、自分の言葉で決める。
一人で決めることと、一人で考えることは、同じではありません。
決断を引き受けることと、思考を閉じることも、同じではないのです。
参考文献
Vroom, V. H., & Yetton, P. W. (1973). Leadership and Decision-Making. University of Pittsburgh Press.
Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243–263.
