同じ出来事が起きても、気にならない人もいれば、強く心が動く人もいます。
誰かの一言に腹が立つ。
思いがけず褒められて、ずっと嬉しい気持ちが残る。
予定が少し変わっただけなのに、なぜか焦る。
自分でも驚くほど、落ち込む。
そんなとき、私たちは出来事のほうを見ます。
何が起きたのか。
誰が何を言ったのか。
なぜ、こんなことになったのか。
もちろん、それは大切です。
出来事そのものに問題があることもあります。他者の言動が不適切なこともあれば、関係や環境、組織の構造に問題があることもあります。
ただ、それとは別に、もう一つ見てみることができます。
その出来事に触れたとき、自分のなかでは何が起きていたのか。
なぜ、自分はその出来事にこれほど反応したのだろう。
同じ出来事でも、なぜ反応は違うのか
たとえば、会議で自分の提案に反対されたとします。
「そういう意見もある」と受け止める人もいるかもしれません。
悔しさを感じる人もいるでしょう。
腹が立つ人もいれば、自信を失う人もいるかもしれません。
起きた出来事が同じでも、私たちの反応は同じではありません。
だからといって、どの反応が正しい、間違っているという話ではありません。
強く反応したから「過剰」なのでもありません。
ここで関心を向けたいのは、反応の良し悪しではなく、自分に起きた反応そのものです。
私は、何を感じたのだろう。
そして、なぜ私は、そこまで反応したのだろう。
出来事を見るだけではなく、自分の側にも少し視線を向けてみる。
そこから、自分について考える入口が生まれます。
感情は、私たちの思考や行動に影響を与えている
私たちは、ときどき「感情」と「考えること」を別々のものとして扱います。
感情的にならず、冷静に考える。
気持ちは横に置いて、合理的に判断する。
もちろん、いったん距離を置いて考えることが役立つ場面はあります。
ただ、感情は、私たちが状況をどう受け取り、何に注意を向け、どのように判断し、行動するかに関わっています。
心理学者ジョセフ・フォーガス(Joseph P. Forgas)は、気分や感情が判断のプロセスにどのように入り込むのかをAffect Infusion Modelとして整理しました。
また、神経科学者アントニオ・ダマシオ(Antonio R. Damasio)は、感情や身体的なシグナルと意思決定との関係を研究してきました。
こうした研究は、感情と私たちの思考や判断、行動を、まったく無関係なものとして扱うことの難しさを示しています。
感情の影響をまったく受けずに考えている、と単純に切り離すことはできません。
だからといって、「感情のままに行動すればいい」ということでもありません。
まず、自分のなかにどんな感情が起きているのか。
そこに気づくこと自体が、自分を見ていく一つの入口になります。
気づくことと、理解することは少し違う
「私は腹が立っている」
そう気づくことがあります。
でも、そこで少しだけ問いを進めることもできます。
「なぜ、私はこれほど腹が立ったのだろう」
同じように、
「嬉しかった」で終わらず、
「なぜ、あの言葉がこんなに嬉しかったのだろう」と考えてみる。
「不安だ」で終わらず、
「私は何に、これほど不安を感じているのだろう」と考えてみる。
すぐに答えが出るとは限りません。
期待していたことがあったのかもしれない。
何かを失うことが怖かったのかもしれない。
過去の経験と重なったのかもしれない。
その人との関係が影響しているのかもしれない。
自分でもまだ言葉にできない何かがあるのかもしれません。
「本当の理由」を一つに決める必要もありません。
感情の背景を、必ず価値観という言葉で説明する必要もありません。
分からなければ、分からないままでもいい。
ただ、自分の反応を通して、自分のなかで何が起きていたのかに関心を向けてみる。
気づくことから、もう少し自分を知ろうとすることへ。
その間には、小さいけれど大切な違いがあります。
自分の反応を見ることは、自分を責めることではない
ここには、気をつけたいことがあります。
「なぜ自分はこんなに反応したのだろう」と考えることは、「問題は自分にある」と考えることではありません。
誰かから不適切なことを言われたのであれば、その言動の問題がなくなるわけではありません。
理不尽な環境や関係のなかで起きたことであれば、その問題を自分の受け止め方だけに置き換える必要もありません。
出来事の問題と、自分の反応を知ろうとすることは、別のことです。
相手や出来事を正当化するためではなく、自分自身について、もう少し知るために見る。
この区別は、とても重要だと思います。
感情を変える前に、自分を見てみる
感情について考えると、私たちはすぐに「どうコントロールするか」を考えがちです。
怒らないようにする。
落ち込まないようにする。
不安にならないようにする。
けれど、その前にできることがあります。
自分は、いま何を感じているのか。
なぜ、この出来事にこれほど反応したのか。
エモーショナル・コンパスでも、自己認識は、自分の感情や内側で起きていることへ関心を向ける領域として扱っています。
それは、自分の感情をすぐに変えるためではありません。
自分の感情や反応を、自分自身について考えるための一つの手がかりとして見てみる。
そこから何かが見えてくることもあれば、まだよく分からないこともあります。
それでも、「こんなことで腹を立ててはいけない」と感情を評価することと、「なぜ私は、こんなに腹が立ったのだろう」と自分に関心を向けることは、同じではありません。
自分の経験を、もう一度見てみる
最近、仕事のなかで、気持ちが大きく動いた出来事はあったでしょうか。
嬉しかったことでも、腹が立ったことでも、不安になったことでもかまいません。
その出来事について、少しだけ考えてみてください。
なぜ、自分はその出来事にこれほど反応したのでしょうか。
その反応の背景に、何があったのでしょうか。
まだ答えが分からないとしたら、自分のなかの何が気になっているでしょうか。
参考文献
Damasio, A. R. (1994). Descartes’ Error: Emotion, Reason, and the Human Brain. Grosset/Putnam.
Forgas, J. P. (1995). Mood and judgment: The affect infusion model (AIM). Psychological Bulletin, 117(1), 39–66. https://doi.org/10.1037/0033-2909.117.1.39
