会社の未来は、誰がつくるのか。
──次世代リーダー教育が育む、未来をともにつくる力
ある企業で、次世代リーダーの育成研修に携わっています。
参加者は、異なる事業部から集まった社員たちです。会社の歴史を調べ、事業の強みを考え、社員や経営者へのインタビューを重ねながら、これからの会社について議論しています。
研修には、あらかじめ用意された正解がありません。
経営者も、参加者には自由に考えてほしいと伝えています。一方で、研修から直ちに実現可能な新規事業案が生まれるとは考えておらず、提案を経営判断に採用することについても慎重です。
それでも、参加者が自分たちで考える経験には意味がある。
そのような前提で進められている研修です。
あるとき、参加者の一人と研修について話す機会がありました。
その人は、他の参加者との対話を通じて、皆が会社の未来を感じているように思えたこと、そして、会社をよくしようという思いが共通していると気づいたことを話してくれました。
私は、その話が印象に残りました。
新しい事業のアイデアが生まれたという話ではありません。研修で学んだ知識や技術の話でもありません。
自分だけではなく、他の人たちも会社の未来を大切に思っている。
そのことを知る経験には、どのような意味があるのでしょうか。
会社の未来を考える研修で、何が起きたのか
次世代リーダー育成というと、一般に、将来の管理職や経営幹部に必要な知識や能力を身につける教育が思い浮かびます。
経営戦略、財務、組織マネジメント、意思決定。
いずれも重要な学習領域です。
しかし、今回の研修では、そうした知識を学ぶことだけを目的としていません。
参加者は、自分が所属する事業部の仕事だけでなく、他の事業部が何をしているのか、どのような強みを持っているのか、会社がどのような歴史を歩んできたのかを調べています。
さらに、社員や経営者の考えを聞き、自分たちなりに会社の将来を考えます。
その過程で、参加者は異なる経験や視点に出会います。
同じ会社で働いていても、普段は接点の少ない人たちです。仕事の内容も、顧客も、日常的に向き合う課題も違います。
そうした人々が、会社の未来という共通のテーマについて考える。
今回、私が注目したのは、そこで生まれた一人の参加者の認識でした。
他の人たちも、会社をよくしたいと思っている。
それまで知る機会のなかった他者の思いに触れたことが、その人の中に残っていたのです。
この経験から、参加者全体の意識が変わったと結論づけることはできません。
しかし、次世代リーダー教育を、個人の知識や能力だけでは捉えきれない理由が、ここにあるように思います。
他者も同じ未来を考えていると知ること
私たちは、同じ組織に所属していても、他の人が会社の将来をどう考えているのかを、必ずしも知っているわけではありません。
目の前の仕事について話すことはあっても、会社をどうしたいのか、何を大切にしたいのかまで話す機会は、意外に少ないのではないでしょうか。
それぞれが会社をよくしたいと思っていても、その思いが互いに伝わっていなければ、本人にとっては自分一人の考えにとどまります。
ところが、他者の話を聞くことで、その認識が変わることがあります。
自分とは違う仕事をしている人も、同じ会社の未来を考えている。
そのことを知ると、会社の将来は、自分だけが考えている問題ではなくなるかもしれません。
組織研究者のWeick(1995)は、人々が出来事や経験に意味を与えていく過程を、組織における意味形成という観点から論じています。
人は、目の前の事実をそのまま受け取るだけではありません。他者との相互作用を通じて、何が起きているのか、自分たちが置かれている状況をどう理解するのかを考えます。
この観点から今回の研修を見れば、参加者は単に他者の意見を聞いたのではなく、会社や仲間についての理解を捉え直す機会を得た、と解釈することができます。
一人の参加者の認識から、参加者全体に共通の意味が形成されたとは言えません。それでも、他者の思いを知ることが、自分と組織との関係を考え直すきっかけになる可能性はあります。
会社の未来を考えることと、その未来をともに考えている人がいると知ることは、同じではないのです。
リーダーシップは、一人の能力だけで育つのか
この違いを考えるうえで、リーダーシップ開発の研究が参考になります。
Day(2000)は、個人のリーダーとしての能力を高めることと、人々の関係性を通じてリーダーシップを育てることを区別しています。
前者は、個人の知識や技能、自己理解などを高めることに重点を置きます。
後者は、人々の間にある信頼や相互理解、協力を可能にする関係性にも目を向けます。
もちろん、両者は対立するものではありません。
個人の能力は重要です。しかし、どれほど優れた能力を持つ人がいても、その人だけで組織の未来をつくれるとは限りません。
異なる知識や経験を持つ人々が、互いの考えを知り、必要に応じて協力できる関係が求められるからです。
ここで、共有型リーダーシップという考え方にも目を向けてみます。
PearceとConger(2003)は、リーダーシップを特定の役職者から部下への一方向の働きかけだけでなく、チームの人々が相互に影響を及ぼし合う過程として捉えています。
ただし、参加者が他者の思いを知ったことと、実際に相互の影響力を発揮しながら行動することは異なります。今回の研修で共有型リーダーシップが成立したということではありません。
それでも、他者が何を考え、何を大切にしているのかを知らなければ、ともに考え、働きかけ合う関係を築くことも難しいでしょう。
次世代リーダー教育には、個人の能力を高めるだけでなく、将来、ともに考え、行動するかもしれない人々が、互いを知る機会をつくるという意味もあるのではないでしょうか。
正解のない教育は、何を残すのか
研修で考えた事業案が、実際に採用されるとは限りません。
経営者には、事業の実現可能性や経営資源、既存事業との関係など、さまざまな観点から判断する責任があります。
参加者が自由に考えることを認めるのと、その提案を採用することは、別の判断です。
だからこそ、提案が採用されなければ研修は失敗だった、と考えるのは早計でしょう。
一方、参加者が熱心に議論したからといって、それだけで教育の成果が十分に生まれたと考えることもできません。
ここで問いたいのは、正解のない課題に向き合う経験を通じて、何が育まれ得るのかということです。
会社の歴史を調べる。異なる事業の価値を知る。経営者の考えを聞く。他者と意見を交わす。
それらは、知識を得る経験であると同時に、会社の未来を自分たちの問題として考える機会にもなり得ます。
しかし、未来をよくしたいという思いを共有していることと、自分たちで未来を変えられると考えることには、違いがあります。
Bandura(2000)は、人々が協力して望む結果を生み出せるという集団としての効力感を、集合的効力感として論じています。
これは、単に同じ願いを持っていることではありません。
自分たちが力を合わせれば、目標に向かって働きかけることができるという能力への信念に関わるものです。
今回の研修で確認されたのは、他者の思いを知ったという経験です。集合的効力感の形成や、その後の共同行動まで確認されたわけではありません。
それでも、他者も会社をよくしたいと思っていると知ることは、今後、ともに行動する可能性を考えるうえで、無関係な経験ではないでしょう。
その可能性が実際の力になるためには、さらに多くのことが必要です。
異なる意見を調整すること。役割を引き受けること。困難に直面しても協力を続けること。
そして、組織として何を実現するのかを、自分たちで判断すること。
思いを共有していると知ることは、未来をともにつくることの完成ではありません。
むしろ、その先に何が必要なのかを考える出発点なのかもしれません。
会社の未来を、ともにつくるということ
会社の未来は、誰がつくるのでしょうか。
経営者でしょうか。次の経営幹部でしょうか。それとも、現場で日々の仕事を担う社員でしょうか。
経営者には、会社の進む方向を決める責任があります。
しかし、会社の未来は、経営者の判断だけで形になるわけではありません。
事業を担う人々が、何を大切にし、どのような仕事を積み重ね、互いにどう関わるのか。
そうした日々の営みも、会社の将来に関わっています。
次世代リーダー教育を考えるとき、私たちは将来の経営者や管理職を何人育てるか、どのような能力を身につけさせるかに目を向けがちです。
それは必要な視点です。
しかし、もう一つ考えてみたいことがあります。
会社の未来を、ともにつくろうと思える人々の関係は、育っているでしょうか。
これは、単に仲がよいという意味ではありません。
同じ意見を持つことでもありません。
異なる仕事や考えを持つ人々が、互いの思いを知り、ときには意見をぶつけながら、会社の将来について考え続けられるかということです。
その意味で、次世代リーダー教育は、事業継承とも接点を持つのかもしれません。
事業継承には、経営権限や知識、技術を次の世代に引き継ぐという側面があります。
しかし、それだけで会社の未来が形づくられるわけではないでしょう。
引き継がれた事業を、これからどうしていくのか。
その問いに向き合う人々が、互いの存在や思いを知り、ともに考えられる関係を持っているかどうかも、重要なのではないでしょうか。
今回の研修で確認された一人の参加者の認識は、将来の行動や組織の変化を証明するものではありません。
しかし、その話を聞いて、私は次世代リーダー教育の価値を考え直しました。
会社の未来を考えるために集まった人々が、他者もまた、その未来を大切に思っていると知る。
その経験は、すぐに数字で測れる成果にはならないかもしれません。
けれども、会社の未来は、特別な誰か一人だけがつくるものではありません。
異なる立場の人々が、互いの思いを知り、ともに考え始めること。その経験にも、次世代リーダー教育の大切な意味があるのではないでしょうか。
未来をともにつくる力は、誰か一人の能力を高めるだけでは育たないのかもしれません。
自分と同じように、その未来を大切に思っている人がいる。
そう知ることから、人々の関係は変わり始める可能性があります。
あなたの組織では、社員は会社の未来について考えるだけでなく、その未来をともにつくる仲間がいると感じられているでしょうか。
参考文献
Bandura, A. (2000). Exercise of human agency through collective efficacy. Current Directions in Psychological Science, 9(3), 75–78. https://doi.org/10.1111/1467-8721.00064
Day, D. V. (2000). Leadership development: A review in context. The Leadership Quarterly, 11(4), 581–613. https://doi.org/10.1016/S1048-9843(00)00061-8
Pearce, C. L., & Conger, J. A. (Eds.). (2003). Shared leadership: Reframing the hows and whys of leadership. SAGE Publications. https://doi.org/10.4135/9781452229539
Weick, K. E. (1995). Sensemaking in organizations. SAGE Publications.
INNERSHIFTで、さらに探究する
Emotional Compass
自分自身の感情特性を知り、自己理解を深める。
INNERSHIFT JOURNAL
リーダーシップや組織についての記事を探す。
YouTube
動画を通じて、リーダーシップについて考える。
公式サイト
INNERSHIFTの活動やプログラムを知る。
