意味は、どこで生まれているのか|EQリーダーシップ® Core

執筆:最上 雄太

同じ出来事が、違う意味として立ち上がる理由

「事実」はそのままでは判断を生まない

私たちはしばしば、出来事が起きたから判断した、事実を見たから行動した、と考えます。
しかし、出来事と判断のあいだには、必ず何かが挟まっています。
その「何か」を経由せずに、事実が直接、判断や行動を生むことはありません。

同じ出来事に直面しても、人によって反応が分かれるのは、そのためです。
事実そのものが違うからではなく、事実が「何として立ち上がったか」が異なるからです。
判断は、事実に反応しているように見えて、実際には、その事実に付与された意味に反応しています。

このとき重要なのは、意味が後から付け足されているわけではない、という点です。
出来事は、最初から「意味を帯びた出来事」として立ち上がっています。
判断は、そのすでに意味づけられた出来事を前提にして生じています。

意味の差は、能力や知識の差ではない

意味の違いは、能力やスキルの優劣から生じるものではありません。
同じ情報を持ち、同じ経験を積んでいても、意味の立ち上がり方は一致しないことがあります。

ここで起きているのは、理解不足ではありません。
「わかっているはずなのに、なぜか違う反応になる」という感覚は、
判断の前段階で、出来事が異なるかたちで意味づけられていることを示しています。

つまり、意味の差は、知識量の問題ではなく、
出来事をどの位置から、どの枠組みで捉えているか、という構造の差です。
この構造は、意識的に選択されているとは限りません。
それでも、判断の方向性を事前に規定しています。


私たちは、世界を「どう捉えている」のか

捉えかた(Perception)は、無自覚に働いている

出来事に意味が立ち上がるとき、私たちはまず「捉えかた」を通過しています。
捉えかたとは、世界をどう理解しているか、という基本的な切り取り方です。

この捉えかたは、判断の直前に選ばれるものではありません。
気づかないうちに、すでに作動しています。
そのため、私たちはしばしば「見たままを判断している」と感じます。

しかし実際には、「見えている」と感じている時点で、
世界はすでに一定のかたちで整理され、意味の輪郭が与えられています。
捉えかたは、選択肢の前提条件として、判断の射程を定めています。

捉えかたは、主観でも客観でもない

捉えかたを「主観」と呼ぶと、恣意的な印象を与えます。
一方で、「客観」と呼ぶと、固定的で普遍的な理解を想定してしまいます。
いずれも、捉えかたの実態を正確には捉えていません。

捉えかたは、個人の気分や好みではなく、
その人がどの前提に立って世界を理解しているか、という構造です。
同時に、それは完全に自由に選び直せるものでもありません。

ここで扱うのは、正しい見方かどうか、という評価ではありません。
世界がどのような枠組みで切り取られているのか、
その構造を明らかにすることが目的です。


意味は、どこで生成されているのか

感情と認識は分離されていない

意味は、認識だけで構成されているわけではありません。
同じ出来事を「どう理解したか」だけでなく、
「そのとき、どう感じていたか」が、意味の立ち上がりに深く関わっています。

感情は、判断の後に付け加えられる反応ではありません。
出来事を認識した瞬間から、すでに感情は絡み合っています。
驚き、不安、期待、苛立ちといった感覚は、
世界をどう切り取るかという認識の輪郭そのものに影響を与えています。

そのため、感情を切り離して「冷静に理解する」ことは、
構造的には成立していません。
私たちが理解していると思っている世界は、
感情と認識が相互に作用した結果として、最初から意味を帯びています。

意味生成は、判断の前段階で起きている

判断や評価、行動は、意味生成の「結果」として現れます。
判断が間違った、評価がズレた、と感じるとき、
問題は判断そのものではなく、
その手前で生成されていた意味にあります。

この段階では、まだ「選択」は行われていません。
しかし、どの選択肢が見えるか、
何が問題として立ち上がるかは、
すでに意味生成によって方向づけられています。

ここで扱っているのは、
判断力を高める方法ではありません。
判断が生まれる前に、
世界がどのような意味をもって立ち上がっているか、
その構造を説明することです。


自己認識とは、「意味生成の構造」を知ること

自己認識は内省や自己分析ではない

自己認識という言葉は、
しばしば内省や自己分析と同一視されます。
しかし、ここで扱っている自己認識は、
自分の性格や感情傾向を理解することではありません。

自己認識とは、
自分がどのような前提に立ち、
どのような捉えかたを通して世界を意味づけているかを、
構造として把握することです。

これは、前回扱った「立脚点の把握」と地続きの視点です。
自分の内側を掘り下げるのではなく、
自分がどこから世界を見ているのかを引き受ける。
その立ち位置が、意味生成のあり方を左右しています。

何をどう意味づけているかを引き受ける視点

意味生成の構造に気づくことは、
行動を直接変えることを目的としません。
態度を正すことでも、感情を制御することでもありません。

ただ、
何が問題として立ち上がり、
何が見過ごされ、
どこに反応しているのか、
その生成のされ方を引き受ける視点が生まれます。

自己認識とは、
自分の判断や反応を正当化するための道具ではなく、
世界がどう立ち上がっているかを、
一段手前から捉え直すための視点です。


リーダーシップは、意味生成の段階ですでに方向づけられている

判断の質は、意味生成の質に依存する

リーダーシップは、行動の場面で発揮されるものだと考えられがちです。
しかし、行動や判断が現れるより前に、
出来事はすでに一定の意味を帯びて立ち上がっています。

何が重要に見えるか。
何が問題として立ち上がるか。
どこに注意が向き、どこが視界から外れるか。
こうした判断の方向性は、
意味生成の段階で、すでに大枠が定まっています。

判断のズレが生じるとき、
それは判断力が不足しているからではありません。
判断が置かれている前提、
すなわち、どのような意味の世界が立ち上がっているか、
その構造に目を向ける必要があります。

問いは、答えよりも手前で生まれている

意味生成は、
「何を選ぶか」よりも前に、
「何を問うか」を形づくっています。

同じ状況に直面しても、
ある人は「どう改善するか」を問います。
別の人は「誰の責任か」を問うかもしれません。
問いが異なれば、
どれほど丁寧に考えても、
導かれる判断は一致しません。

この違いは、
意見の対立や価値観の衝突として現れます。
しかし、その手前では、
出来事が異なる意味として立ち上がり、
異なる問いを生んでいます。

リーダーシップを、
決断力や影響力として捉える前に、
どのような問いが自然に立ち上がっているのか。
その問いが、
どの意味生成の構造から生まれているのか。
そこに目を向けることで、
リーダーシップの源泉は、
行動以前の層に位置づけ直されます。


参考文献


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