「IQよりEQ」という分かりやすい説明
「優れたリーダーには、IQよりもEQが重要だ」
こうした説明を耳にすることがあります。
仕事ができるだけでは、人はついてこない。部下の気持ちを理解し、信頼関係を築けることが大切だ。
そう言われれば、多くの人が納得するのではないでしょうか。
私自身、リーダーシップやEQを研究し、企業でリーダー教育に携わってきた立場から、感情への理解や他者との関係を軽視するつもりはありません。
むしろ、それらはリーダーシップを考えるうえで重要な要素だと考えています。
しかし、「IQよりEQが重要だ」という説明を聞くたびに、気になることがあります。
私たちは、いったい何と何を比較しているのでしょうか。
2026年10月18日、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』に、児玉教仁氏による「部下が『ついていきたい』上司のIQやカリスマ性を超える魅力とは」という記事が掲載されました。
児玉氏の記事では、研修参加者に「最高の上司候補」の特徴を挙げてもらい、それらをIQとEQの二つに分類する実践が紹介されています。
EQ側に多くの特徴が集まることを通じて、その重要性を伝えるというものです。
この実践には、自分がどのような上司を望んでいるのかを考えるきっかけとしての価値があるでしょう。
ただし、そこからIQとEQの相対的重要性を判断するには、慎重な検討が必要です。
ここで検討したいのは、児玉氏個人の見解の是非ではなく、IQとEQを比較する際の概念と推論の妥当性です。
IQとEQの二つの箱に、何を入れているのか
まず、IQとは何でしょうか。
IQは知能検査によって得られる指標であり、心理学では一般知能や認知能力との関係で理解されます。
推論する、情報を処理する、複雑な問題を理解するといった能力に関わるものです。
一方、仕事の専門知識や経験、交渉技術、経営判断の熟練度まで、すべてIQと呼べるわけではありません。
では、EQとは何でしょうか。
EQは一般に感情知能を指す言葉として使われます。しかし、研究上の感情知能には複数の捉え方があります。
SaloveyとMayer(1990)は、自分と他者の感情を認識し、区別し、その情報を思考や行動に活用する能力として感情知能を概念化しました。
その後、Mayer、Salovey、Caruso(2004)らは、感情知能を能力として捉える理論を発展させました。
この能力モデルでは、感情を知覚し、思考に活用し、理解し、調整する能力が中心になります。
一方、Petridesらの研究に代表される特性EIモデルでは、自分の感情的な能力や傾向をどのように認識しているかに注目します。
また、動機づけ、社会的スキル、対人関係上のコンピテンシーなどを幅広く含める混合モデルもあります。
能力モデルでは感情に関する課題への対応を測定し、特性モデルでは自己認識された感情的特徴を質問紙などで測定します。混合モデルでは、性格特性や行動上のコンピテンシーを含む場合があります。
つまり、EQという一つの言葉の中に、異なる概念と測定方法が存在しているのです。
さらに、IQは本来、知能検査によって得られる指標である一方、EQは感情知能を指す一般的な呼称として使われることが多く、その意味する範囲は一定ではありません。
両者を比較するには、どの認知能力指標と、どの感情知能モデルを対象にするのかを明確にする必要があります。
例えば、「部下の話を親身に聞く」という特徴を考えてみましょう。
それは望ましい上司の行動として理解できます。しかし、その行動だけで感情知能が高いと判断できるでしょうか。
相手の感情を理解する能力が高いのかもしれません。身につけた行動習慣かもしれません。相手に配慮する価値観が表れているのかもしれません。
同じ行動でも、その背景にある心理的な要因は一つとは限りません。
箱の中に入れているものの性質が違えば、その数を比較しても、能力の優劣を比較したことにはなりません。
能力と行動、印象は同じではない
もう一つ、重要な区別があります。
それは、能力と行動、そして他者からの評価の違いです。
例えば、過去に出会った上司について、「いつも相談に乗ってくれた」「努力を認めてくれた」「安心して意見を言えた」と振り返ることがあります。
こうした経験は、本人にとって大切な記憶でしょう。
ただし、そこから直接、その上司のIQやEQの水準が分かるわけではありません。
研修参加者が挙げる特徴は、まず、その人がどのような上司を好ましいと感じているかを表しています。心理学的に測定された能力そのものではありません。
さらに、好ましい上司と、有効なリーダーも必ずしも同じではありません。
部下から好かれていること、信頼されていること、自発的な協力を引き出していること、チームとして成果を生み出していること。
これらは関連する可能性がありますが、それぞれ異なる現象です。
リーダーとメンバーの関係を扱うLMX(Leader-Member Exchange)研究も、リーダーシップを個人の属性だけでなく、両者の関係から捉える視点を提供しています。
ただし、良好な関係があることと、客観的な成果が高いことを、最初から同一視することはできません。
例えば、部下の意見を尊重する上司は、好意的に評価されるかもしれません。
しかし、難しい意思決定を先送りし、必要な対立を避け続けていたとしたら、組織にとって有効なリーダーと言えるでしょうか。
逆に、厳しい判断によって一時的に不満を招いた上司が、長期的には組織や社員を守っている場合も考えられます。
もちろん、厳しい判断をすれば有効なリーダーだという意味ではありません。
重要なのは、何をもってリーダーシップの有効性とするかです。
好意、信頼、チームの成果は、それぞれに応じた方法で評価する必要があります。
その区別がなければ、上司への好意的な印象を、リーダーシップ全体の有効性と取り違える可能性があります。
リーダーの判断にIQとEQはどう関わるのか
実際のリーダーシップでは、認知能力と感情に関わる能力は、どのように働くのでしょうか。
例えば、部下が新しい事業を提案してきた場面を考えてみます。
リーダーには、事業の実現可能性、収益性、リスク、組織の資源などを検討することが求められます。
同時に、提案した部下の期待や不安を理解し、提案に問題がある場合でも、相手の意欲を損なわずに議論を深める方法を考える必要があります。
このとき、論理的な検討と感情への理解は、必ずしも対立するものではありません。
ただし、実務上、一つの判断に両方が関わることと、心理学的に測定したIQとEQがどの程度関連しているかは、別の問題です。
能力としての感情知能と一般的な認知能力との関連は、研究上の検討対象となっています。
一方、自己報告による特性EIは、認知能力よりもパーソナリティ特性との関係から理解される側面があります。
つまり、「IQとEQは関係しているのか」という問いも、どの感情知能モデルを対象にするかによって意味が変わります。
職務成果との関係についても同様です。
JosephとNewman(2010)、O’Boyleら(2011)は、感情知能と職務成果の関係をメタ分析によって検討しています。
ただし、そこで扱われる感情知能の測定方法や職務成果の指標は一様ではありません。
また、統計的な関連が確認されたとしても、それだけで感情知能が成果を生み出したという因果関係が証明されるわけではありません。
ここで大切なのは、「両方とも重要だ」という結論に落ち着くことではありません。
どのような場面で、どのような能力が、何を通じて、どのような結果に関わるのか。
その関係を具体的に考えることです。
EQだけでは説明できないリーダーシップ
私は、リーダーシップを一人の優れた人物の能力だけで説明することには、限界があると考えています。
例えば、感情を理解する能力に優れたリーダーがいたとしても、その人がすべての判断を独占し、メンバーに考える機会を与えなければ、組織の可能性は十分に生かされないかもしれません。
反対に、特定のリーダーだけに依存せず、メンバーがそれぞれの専門性を発揮し、状況に応じて影響力を発揮する組織も考えられます。
ここで関わってくるのが、シェアド・リーダーシップという視点です。
リーダーシップを特定の個人が保有する能力だけではなく、メンバー間に生まれる影響力の関係として捉える考え方です。
この視点から見ると、重要な問いは少し変わります。
「このリーダーのEQは高いか」だけではなく、「この組織では、誰が、どのような場面で、どのように影響力を発揮しているのか」という問いが生まれます。
もちろん、シェアド・リーダーシップが成立する条件や、その有効性についても、別途検討が必要です。
ただ、リーダーシップを考える対象が、個人の能力から、行動や関係性、組織の仕組みにまで広がることは確かでしょう。
EQが重要であることと、EQだけでリーダーシップを説明できることは、同じではありません。
優れたリーダーの特徴を考えるとき、私たちはつい、その人がどのような能力を持っているかに注目します。
しかし、その人がどのような関係をつくり、どのような判断の仕組みを生み出し、メンバーの力をどのように引き出しているのかにも目を向ける必要があります。
「どちらが重要か」の前に問うべきこと
「IQとEQのどちらが重要か」
この問いは、必ずしも間違いではありません。
何をIQと呼び、どの感情知能モデルを用い、何を成果として測定するのかが明確であれば、実証的に検討できる問いになります。
しかし、知的能力と仕事のスキルを一つの箱に入れ、感情知能と望ましい対人行動をもう一つの箱に入れて、その数や印象を比較するだけでは、両者の相対的重要性は分かりません。
私たちが本当に知りたいのは、IQとEQの勝敗なのでしょうか。
それとも、リーダーが適切に判断し、人々との関係を築き、組織として成果を生み出すために、何が必要なのかということでしょうか。
後者であれば、能力だけでなく、その能力が行動にどう表れ、関係性や成果にどう関わり、組織の仕組みによってどう支えられているのかを考える必要があります。
IQとEQという二つの言葉だけでは、これらを十分に説明することはできません。
だからこそ、私は「IQかEQか」という問いに、すぐに答えを出す必要はないと考えています。
むしろ、その問いを通じて、自分自身がリーダーシップをどのように理解しているのかを見直すことに意味があるのではないでしょうか。
あなたが「優れたリーダー」と聞いて思い浮かべるのは、どのような人でしょうか。
その人の能力でしょうか。日々の行動でしょうか。あなたとの関係でしょうか。それとも、その人が生み出した成果でしょうか。
その違いを考えるところから、リーダーシップへの理解は、もう一段深まるのかもしれません。
参考文献
- Salovey, P., & Mayer, J. D. (1990). Emotional intelligence. Imagination, Cognition and Personality, 9(3), 185–211. https://doi.org/10.2190/DUGG-P24E-52WK-6CDG
- Mayer, J. D., Salovey, P., & Caruso, D. R. (2004). Emotional intelligence. Psychological Inquiry, 15(3), 197–215. https://doi.org/10.1207/s15327965pli1503_02
- Petrides, K. V., Pita, R., & Kokkinaki, F. (2007). The location of trait emotional intelligence in personality factor space. British Journal of Psychology, 98(2), 273–289. https://doi.org/10.1348/000712606X120618
- Joseph, D. L., & Newman, D. A. (2010). Emotional intelligence: An integrative meta-analysis and cascading model. Journal of Applied Psychology, 95(1), 54–78. https://doi.org/10.1037/a0017286
- O’Boyle, E. H., Jr., Humphrey, R. H., Pollack, J. M., Hawver, T. H., & Story, P. A. (2011). The relation between emotional intelligence and job performance: A meta-analysis. Journal of Organizational Behavior, 32(5), 788–818. https://doi.org/10.1002/job.714
- Graen, G. B., & Uhl-Bien, M. (1995). Relationship-based approach to leadership: Development of leader-member exchange (LMX) theory of leadership over 25 years: Applying a multi-level multi-domain perspective. The Leadership Quarterly, 6(2), 219–247. https://doi.org/10.1016/1048-9843(95)90036-5
批判的検討の契機となった記事
児玉教仁(2026年10月18日)「部下が『ついていきたい』上司のIQやカリスマ性を超える魅力とは」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』
