あるリーダーが、部下との面談で仕事の進め方について話し合っています。
部下の考えを引き出そうと、リーダーは尋ねます。
「あなたはどう思う?」
部下が話し始めると、途中で口を挟まず、最後まで耳を傾けます。
「それは、どういうこと?」
「なぜ、そう思ったの?」
さらに質問を重ね、部下の考えを理解しようとします。
けれど、リーダーのなかには、最初から答えがあります。
部下の話を聞きながら、どこかで考えています。
「どうすれば、自分の考えを分かってもらえるだろう」
傾聴している。質問もしている。
それでも、そこに対話は成立しているのでしょうか。
聞くことと、対話することは同じではない
傾聴や質問は、大切なスキルです。
相手の話を遮らず、問いを投げかけ、その考えを確かめる。相手を理解するために、どれも役立ちます。
しかし、同じスキルを使っていても、その場で起きていることが同じとは限りません。
たとえば、部下が自分とは違う意見を述べたとします。
上司は最後まで話を聞き、こう尋ねます。
「どうして、そう考えたの?」
部下が理由を説明すると、上司はさらに質問を重ねます。
一見すると、丁寧な対話です。
けれど、上司の関心が、部下の考えを理解することではなく、自分が正しいと考える結論へ導くことに向けられていたら、どうでしょう。
部下の言葉は聞いています。しかし、その言葉によって自分の理解が変わる可能性は、最初から閉じられています。
傾聴や質問という行動だけでは、その違いは見えてきません。
同じスキルを使っても、なぜ違うのか
加藤洋平氏は、DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューの記事「研修後も変わらない新任マネジャーを成長させる、効果的な支援の進め方」で、マネジャーの成長を考えるうえで、スキルだけでなく「器」に目を向ける問題を提起しています。
ここで考えられているのは、単に知識や技法を増やすことだけではありません。自分や周囲の出来事を、どのような枠組みで捉え、意味づけているかという問題です。
成人発達を研究してきたロバート・キーガン(Robert Kegan)の議論も、この違いを考える手がかりになります。
私たちは、自分の判断の前提になっている考え方を、いつも意識しているわけではありません。
「部下には、もっと主体的に考えてほしい」
そう願いながら、部下が自分とは異なる判断を示すと、つい修正したくなることもあります。
そのとき、質問というスキルは、部下の考えを理解するためにも、自分の考えへ近づけるためにも使われ得ます。
何を当然と考え、相手をどのような存在として見ているのか。
その違いが、同じスキルの使われ方にも表れるのでしょう。
ただ、ここでもう一つ考えたいことがあります。
対話が成立するかどうかは、聞き手個人の意味づけの枠組みだけで決まるのでしょうか。
個人だけではなく、「あいだ」を見る
リーダーシップ研究には、リーダーシップを個人の能力や行動だけでなく、人々の相互作用のなかで生まれる関係的なプロセスとして捉える視点があります。
メアリー・ウール=ビエン(Mary Uhl-Bien)の関係リーダーシップ研究です。
この視点に立つと、問いは少し変わります。
「この上司には、対話する能力があるか」
だけではなく、
「この上司と部下のあいだでは、何が起きているのか」
と考えることができます。
たとえば、部下が新しい仕事の進め方を提案したとします。
上司は、その提案にはリスクがあると考えています。
「なぜ、その方法がよいと思うの?」
部下は、自分なりに調べたことや、現場で感じている問題を説明します。
ここで上司が、
「なるほど。でも、それでは難しいよね」
と、自分の考えを説明して終わることもできます。
一方で、
「その問題は、私が思っていたより大きいのかもしれない。もう少し聞かせて」
と応じることもできます。
後者では、部下の言葉が、上司自身の問題の捉え方にも働きかけています。
さらに、部下にとっても、自分の考えが単に評価されるのではなく、上司とともに検討されるものへと変わっていきます。
上司の判断が変わるとは限りません。
部下が提案を撤回するとも限りません。
それでも、互いの言葉を受け取りながら考えることで、二人の関わり方は変わり得ます。
個人の考えがなくなるのではありません。
異なる考えを持った個人と個人の「あいだ」に、それまでとは違う関係が生まれる可能性があるのです。
会話をしていても、対話になっているとは限らない
ここで、モノロジカル(Monological)とダイアロジカル(Dialogical)という二つの言葉を手がかりに考えてみます。
モノロジカルとは、ここでは、相手と話していても、自分の理解の枠組みを相手に対して閉じたまま関わることを考えるための視点です。
一方、ダイアロジカルとは、自分の考えを持ちながら、相手を自分とは異なる理解を持つ存在として受け取り、互いの言葉によって考え続ける関係を考える視点です。
ここでは、二つの言葉を人の性格や発達段階の分類としてではなく、人と人との関わり方を考えるために用いています。
この違いは、会話の回数や質問の数では測れません。
問いたいのは、二人のあいだで、相手の言葉がどのように扱われ、どのような応答が生まれているのかということです。
自分も変わり得る、ということ
ミハイル・バフチン(Mikhail Bakhtin)の対話論は、他者の声を自分の理解のなかに回収して完結させることと、自分には還元できない他者の声として受け取ることの違いを考える手がかりになります。
相手は、自分の考えを確認するためだけに存在しているのではありません。
自分とは異なる経験を持ち、自分とは異なる判断をする存在です。
だからこそ、相手の言葉によって、自分の理解が変わることもあります。
しかし、対話は、自分が変わることを約束するものではありません。
相手に同意する必要も、自分の判断を放棄する必要もありません。
話した結果として、最初と同じ判断に至ることもあります。
大切なのは、結論が変わったかどうかだけではなく、相手の言葉を、自分の判断を問い直す可能性を持つものとして受け取っていたかということです。
ただし、それは上司一人の姿勢だけで決まるものではありません。相手がどのように応じ、その応答を互いにどう受け取るか。その積み重ねのなかで、対話という関係が形づくられていきます。
そして、もう一つ。
自分が相手をどう理解するかだけでなく、相手が自分にどう向き合えるようになるかも、関係のなかで変わり得ます。
上司が部下の言葉を受け取ることで、部下もまた、上司の考えを聞き直すことができるかもしれません。
異なる判断を持ったままでも、互いに問い、応答し続けることはできます。
そこに、対話という関係の可能性があるのだと思います。
「あなたはどう思う?」と聞くとき
次に誰かへ、
「あなたはどう思う?」
と尋ねるとき。
自分のなかに答えがあってもかまいません。
ただ、その答えを相手に理解してもらうことだけが、会話の目的になっていないでしょうか。
相手の言葉によって、自分の考えも問い直される。
そして、互いの関わり方も変わり得る。
私たちは、その可能性を残して話しているでしょうか。
参考文献
Bakhtin, M. M. (1984). Problems of Dostoevsky’s Poetics. University of Minnesota Press.
Kegan, R. (1982). The Evolving Self: Problem and Process in Human Development. Harvard University Press.
Kegan, R. (1994). In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life. Harvard University Press.
Uhl-Bien, M. (2006). Relational Leadership Theory: Exploring the social processes of leadership and organizing. The Leadership Quarterly, 17(6), 654–676.
加藤洋平(2026)「研修後も変わらない新任マネジャーを成長させる、効果的な支援の進め方」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー、2026年10月1日。
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