優秀な人が集まれば、優秀な組織になるのか
優秀な人材を集めれば、組織の力は高まる。
そう考えるのは、自然なことかもしれません。
専門知識が豊富な人。経験を積んだ人。論理的に考え、的確に判断できる人。
そうした人材が集まれば、一人では解決できない難しい問題にも対応できるようになるはずです。
しかし、実際の組織では、必ずしもそうなりません。
一人ひとりは優秀なのに、会議では重要な問題が見落とされる。異なる意見があっても、結論はいつも同じ方向にまとまってしまう。後になって、「実は、あの時点で問題に気づいていた」という声が出てくる。
こうしたことは、なぜ起こるのでしょうか。
もちろん、優秀な人材が不要だという話ではありません。専門的な知識や経験は、組織にとって重要な資源です。
ただし、優秀な人がいることと、その人たちの知識が組織の判断に生かされることは、同じではありません。
ここに、個人の能力だけでは説明できない組織の問題があります。
会議で共有されない情報
ある企業で、新しい事業への投資を検討しているとします。
営業部門は、顧客の反応が良いことを知っています。技術部門は、開発期間が当初の想定より長くなる可能性を把握しています。財務部門は、資金繰りに一定の制約があることを理解しています。
これは説明のための仮想事例です。
それぞれの担当者が持つ情報は重要です。しかし、会議で営業部門の前向きな情報ばかりが話題になり、技術や財務の懸念が十分に検討されなければ、組織の判断は偏る可能性があります。
集団討議における情報の偏りを明らかにした研究の一つが、StasserとTitus(1985)によるものです。
研究では、架空の学生選挙で候補者を選ぶ課題を用い、メンバー全員が知っている共有情報と、一部のメンバーだけが知っている非共有情報を分けて配布しました。
その結果、集団討議では共有情報が取り上げられやすく、非共有情報が十分に検討されない傾向が確認されました。
私たちは、会議で話し合えば、それぞれが持つ情報が自然に集まり、より良い判断ができると期待しがちです。
しかし、話し合うことと、必要な情報が集まることは同じではありません。
多くの人が知っている情報は、互いに確認しやすいでしょう。一方、特定の人しか知らない情報は、発言されなければ議論に現れず、発言されても重要性が理解されなければ判断に反映されません。
ただし、この研究結果を、あらゆる会議で同じ偏りが生じるという意味に一般化することはできません。
また、情報をできるだけ多く共有すればよいわけでもありません。不確かな情報や関連性の低い情報が大量に集まれば、かえって判断を難しくすることも考えられます。
重要なのは、情報の量だけではありません。
何がまだ分かっていないのか。誰が異なる情報を持っているのか。その情報は、判断を変える可能性があるのか。
そうした問いを持つことが、組織の判断を考える出発点になります。
意見を言えることと、意見が生かされること
では、重要な情報を持つ人が、安心して発言できる組織であれば、それで十分なのでしょうか。
ここで関わってくるのが、心理的安全性です。
Edmondson(1999)は、製造業企業の53のワークチームを対象に、心理的安全性とチームの学習行動、成果との関係を検討しました。
心理的安全性とは、チームの中で対人関係上のリスクを取っても安全だという、メンバーに共有された信念を指します。
単に職場の雰囲気が良いことや、メンバー同士が仲良くしていることとは異なります。
自分の疑問や懸念を表明する。間違いを認める。助けを求める。そうした行動に伴う対人関係上の不安に関わる概念です。
この研究では、心理的安全性とチームの学習行動の間に正の関係が確認されました。また、学習行動がチームの成果との関係を媒介するという分析結果が示されています。
ただし、心理的安全性が高まれば必ず成果が向上するという因果関係の証明ではありません。
例えば、経験の浅い社員が、会議で上司の提案に疑問を示したとします。
その発言を頭ごなしに否定しないことは大切です。しかし、それだけで組織の判断が良くなるとは限りません。
発言された疑問の根拠を確認したでしょうか。ほかの情報と照らし合わせたでしょうか。必要であれば、当初の判断を変更できるでしょうか。
意見を言えることと、その意見が実際に検討され、判断に生かされることは、別の問題です。
すべての意見を採用することが望ましいわけでもありません。根拠の十分な意見もあれば、誤解に基づくものもあります。
だからこそ、発言を歓迎することと、その内容を批判的に検討することは、両立する必要があります。
心理的安全性は、そうした検討を支える条件の一つとして考えられます。
しかし、心理的安全性の研究と、共有情報・非共有情報の研究は異なる現象を扱っています。心理的安全性が高ければ情報共有の偏りが自動的に解消される、と結論づけることはできません。
発言できる環境に加えて、発言された情報をどう扱うかという問題が残っているのです。
組織の知性は、どこに生まれるのか
個人の能力だけでは説明できない集団の働きについて、Woolleyら(2010)は、集団的知性という観点から研究を行いました。
研究では、参加者を小集団に分け、さまざまな課題に取り組んでもらいました。
その結果、ある課題で高い成果を示す集団は、ほかの課題でも比較的高い成果を示す傾向がありました。
研究者らは、複数の課題に共通する遂行能力を、集団的知性因子、いわゆる c因子 として捉えています。
興味深いのは、この因子が、メンバーの平均的な個人知能や、最も知能の高いメンバーの得点と強く結びついていたわけではないことです。
一方、メンバーの社会的感受性や、会話への参加機会の分布などとの関連が報告されました。
ただし、これは関連を示す結果であり、発言回数を均等にすれば集団的知性が高まるという因果関係を証明したものではありません。個人の認知能力が不要だという結論でもありません。
また、この研究で測定されたのは、実験における小集団の課題遂行能力です。企業の経営判断や長期的な組織成果を直接測定したものではありません。
こうした限界を踏まえても、この研究は重要な問いを投げかけます。
集団の力を考えるとき、なぜ個人の能力だけを見てしまうのでしょうか。
例えば、同じ専門性を持つ人材が集まった二つのチームがあるとします。
一方では、互いの意見を十分に聞かず、特定の人の判断に依存しています。
もう一方では、必要な情報を持つ人が発言し、異なる考えが検討され、状況に応じて判断が見直されています。
これは仮想的な比較であり、後者が必ず優れた成果を生むと断定するものではありません。
しかし、両者の違いを、個人の能力だけで説明するのは難しいでしょう。
私は、組織の知性を考えるうえで、ここに重要な視点があると考えています。
誰が知識を持っているかだけでなく、その知識が他者の考えや判断にどのように影響するのか。
これは、Woolleyらの研究結果をそのまま言い換えたものではありません。集団的知性研究を手がかりに、組織の判断過程へと問いを広げた、私自身の考察です。
リーダーは何を設計すべきか
では、リーダーには何が求められるのでしょうか。
すべての問題について、誰よりも詳しくなることでしょうか。あるいは、全員の意見を平等に聞き、できるだけ多くの対話を行うことでしょうか。
私は、そのどちらでも十分ではないと考えています。
組織には、それぞれ異なる専門性や経験を持つ人がいます。重要なのは、その違いを単に認めることではなく、必要な場面で判断に生かせるようにすることです。
ここで、シェアド・リーダーシップという視点が関わってきます。
シェアド・リーダーシップは、リーダーシップを特定の一人だけが発揮するものとしてではなく、メンバー間に生まれる影響力の関係から捉える考え方です。
技術的な判断では技術の専門家、顧客との関係では現場経験を持つメンバーの知見が重要になるでしょう。
ただし、専門家が発言すれば、それだけで適切な判断になるわけではありません。
リーダーには、少なくとも三つの働きかけが求められると考えます。
第一に、意思決定前に、まだ共有されていない重要情報を確認することです。
すでに会議で共有された情報だけで判断せず、異なる専門性や立場から見えている事実を確かめます。
第二に、異論の根拠を検討し、必要に応じて判断を修正することです。
発言を歓迎するだけで終わらず、情報の確かさや関連性を吟味します。判断を変える理由があれば、当初の方針に固執しないことも必要でしょう。
第三に、専門性を生かしながら、最終的な意思決定の責任を明確にすることです。
多様な人が判断に関わることと、責任の所在を曖昧にすることは違います。
これらは、シェアド・リーダーシップの効果を直接実証した三つの条件ではありません。研究上の視点を踏まえた、実務への私自身の提案です。
私がリーダーシップ研究を通じて関心を持ってきたのは、人々が対話を通じて互いに影響し合う関係です。
この関心は、集団的知性の研究と接続して考える余地があります。ただし、両者は同一の概念ではなく、ここで述べているのは理論的な接続の可能性です。
組織における知識の活用は、会議の進め方だけでなく、権限や役割の設計にも関わる問題なのです。
優秀な個人から、考え続けられる組織へ
優秀な人材を育てることは、重要です。
専門知識を深め、経験を積み、判断力を高めることにも、大きな意味があります。
しかし、それだけで組織が賢くなるとは限りません。
個人が持つ知識が、ほかの人に届かないことがあります。異なる意見が十分に検討されず、情報が共有されても判断に反映されないことがあります。
そして、誰もが問題に気づいていたのに、組織としては何も変えられなかった、ということも起こり得ます。
だからといって、対話を増やせばよいという話でもありません。
発言の機会を確保すること、情報の質を確かめること、異論を検討すること、責任を持って判断すること。
これらを切り離さずに考える必要があります。
今回取り上げた三つの研究は、情報の偏り、心理的安全性と学習行動、集団の課題遂行能力という異なる問題を扱っています。
一つの因果関係として結びつけることはできませんが、組織の判断を考えるための異なる視点を提供しています。
私がそこから考えたいのは、組織が優れた判断を生み出すためには、個人の能力だけでなく、その能力が生かされる関係や仕組みにも目を向ける必要があるということです。
組織の知性を高めるということは、全員が同じ考えになることでも、誰か一人が常に正しい答えを出すことでもないのでしょう。
むしろ、異なる知識や経験を持つ人々が、必要に応じて互いの考えを問い直し、判断を修正できることに意味があるのではないでしょうか。
私たちは、優秀な人材をどれだけ集めるかには関心を向けます。
では、集まった人々の知識が、実際にどのように使われているかには、どれほど目を向けているでしょうか。
あなたの組織の会議では、誰の声がよく聞かれていますか。
まだ十分に聞かれていない声は、ありませんか。
そして、重要な情報が示されたとき、それによって判断を変えることができているでしょうか。
組織の知性を考えることは、優秀な人を探すことだけでなく、すでにそこにいる人々の知識を、私たちがどう生かしているのかを問い直すことなのだと思います。
参考文献
Woolley, A. W., Chabris, C. F., Pentland, A., Hashmi, N., & Malone, T. W. (2010). Evidence for a collective intelligence factor in the performance of human groups. Science, 330(6004), 686–688. https://doi.org/10.1126/science.1193147
Stasser, G., & Titus, W. (1985). Pooling of unshared information in group decision making: Biased information sampling during discussion. Journal of Personality and Social Psychology, 48(6), 1467–1478. https://doi.org/10.1037/0022-3514.48.6.1467
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999
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