AIへの「恐れ」は、能力の問題ではない
生成AIの活用が進むにつれ、現場では奇妙な現象が起きています。
AIは使われている。成果も出ている。
それでも、どこかに沈黙がある。
「不安はありませんか」と聞いても、明確な声は上がらない。
反対もなく、抵抗も見えない。
けれど、どこかに引っかかる違和感だけが残る。
AIへの恐れは、スキル不足やリテラシーの問題だと片づけられがちです。
しかし本当にそうでしょうか。
問題は「AIが怖い」ことではありません。
恐れを語れない構造が、すでに組織の中にできあがっていることです。
恐れは「置き換え」ではなく「不可視化」から生まれる
AI導入が進むと、多くの仕事は表面上スムーズになります。
効率は上がり、判断も速くなる。
その一方で、こんな感覚が静かに広がっていきます。
- 自分の判断は、どこまで評価されているのか
- 努力や工夫は、どの時点で意味を持たなくなるのか
- 仕事の価値は、誰がどう決めているのか
AIによって仕事が「奪われる」前に、
仕事の意味が見えなくなる。
ここで生じているのは、合理的な不安というより、
「自分が何を担っているのか分からなくなる感覚」──意味喪失への不安です。
恐れは突然生まれるのではありません。
説明されない変化が積み重なることで、静かに育っていきます。
不確実性が高いほど、人は防衛的になる
人は、先が見えない状況に置かれるほど、防衛的になります。
これは特別な性格の問題ではありません。
文化研究で知られるホフステードは、
人は不確実性が高まると、それを脅威として認識しやすくなると指摘しました。
これを不確実性回避(Uncertainty Avoidance)と呼びます。
AI導入は、単なる技術変化ではありません。
役割、判断、評価の境界を一気に曖昧にします。
見通しを失ったとき、人は声を上げなくなります。
反対するのではなく、距離を取るのです。
恐れは騒がしく現れるとは限りません。
沈黙として現れることの方が多いのです。
恐れは「情報不足」ではなく「関係性」から生まれる
「説明が足りないから不安になる」
そう考えたくなるかもしれません。
しかし、もう一段深いところに原因があります。
組織心理学では、心理的契約(Psychological Contract)という概念があります。
これは、雇用契約には書かれていない、
「自分はこう扱われるはずだ」という暗黙の期待のことです。
AI導入によって仕事の前提が変わるとき、
この暗黙の期待が更新されないまま壊れていく。
そのとき人が感じるのは、
「裏切られた」という強い怒りではありません。
説明されないまま置いていかれた感覚です。
恐れは、情報の量ではなく、関係性のズレから生まれます。
恐れを扱えるリーダー、扱えないリーダー
ForbesでAIとリーダーシップを論じたジーン・マイスター(Jeanne Meister, 2025)は、
AI導入において重要なのは、不安を消すことではなく、
不安を表に出せるかどうかだと示しています。
恐れを無視したAI導入は、短期的にはスムーズに見えます。
しかし、その下では次のような現象が起きます。
- 本音が出なくなる
- 問題が共有されなくなる
- 静かな抵抗が増えていく
恐れを「余計な感情」として扱うほど、
組織は表面上だけ整っていきます。
恐れは「感情」ではなく「構造のシグナル」
INNERSHIFTでは、恐れを個人の弱さとは捉えません。
恐れは、構造の設計ミスを知らせるシグナルです。
問うべきなのは、
- 誰が、何を、どこまで引き受けるのか
- 判断と責任は、どこに残るのか
- 人が意味を感じる余地は、どこにあるのか
AI時代のリーダーシップは、
人を安心させることではありません。
問いを共有できるかどうか。
そこに、恐れを扱える組織と、沈黙に覆われる組織の分かれ目があります。
AIへの恐れを、組織はどう扱うのか
AIへの恐れは、なくすものではありません。
それを語れるかどうかが、組織の姿勢を映します。
恐れを排除しようとするのか。
それとも、問いとして引き受けるのか。
あなたの組織では、
AIへの恐れは、どこに置かれているでしょうか。
参考文献
Jeanne Meister(2025)
The Leadership Challenge Of AI: How Leaders Can Address Fears Of AI
Forbes
https://www.forbes.com/sites/jeannemeister/2025/04/23/the-leadership-challenge-of-ai-how-leaders-can-address-fears-of-ai/
不確実性回避(Uncertainty Avoidance)
Hofstede, G. (1980). Culture’s consequences: International differences in work-related values. Beverly Hills, CA: Sage Publications.
心理的契約(Psychological Contract)
Rousseau, D. M. (1989). Psychological and implied contracts in organizations. Academy of Management Review, 14(2), 121–139. https://doi.org/10.5465/amr.1989.4282095
意味づけ(Sensemaking)理論
Weick, K. E. (1995). Sensemaking in organizations. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
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