レジリエンスは「我慢」ではない|心理的安全性を資源として考える|INNERSHIFT

執筆:最上 雄太

レジリエンスという言葉は、ときに誤解されます。
困難に耐え抜く力。弱音を吐かずに踏ん張る強さ。
そんな「我慢」や「根性」に近い意味合いで使われることも少なくありません。

しかし、組織や人が本当に折れずに持ちこたえるとき、
そこでは別の力学が働いています。

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)に掲載された
心理的安全性は、後回しにすべき「贅沢品」ではない──従業員のバーンアウトと離職を防ぐカギ
(著者:マイケル・ブランディング/翻訳:前田雅子)
は、その点を「心理的安全性」という切り口から示しています。

この記事が問いかけているのは、
心理的安全性は本当に「余裕があるときだけの取り組み」なのか、という点です。

心理的安全性は、削られやすい

経営環境が厳しくなると、組織ではさまざまな取捨選択が行われます。
業務量は増え、採用は抑制され、人員の再配置や役割の見直しが進む。
そうした局面で、心理的安全性を支える施策や対話の時間は、
「いまはそれどころではないもの」として後回しにされがちです。

DHBRの記事でも、
従業員が報復を恐れずに意見を言える環境を支える取り組みは、
リソースが限られた状況では最初に削減されることが多い、と指摘されています。

一見すると、それは合理的な判断に見えます。
しかし、記事はそこで立ち止まり、別の問いを投げかけます。

バーンアウトは「弱さ」ではなく「枯渇」である

DHBR記事の中で紹介されているのは、
バーンアウトを「個人の脆さ」ではなく、資源の枯渇として捉える視点です。

必要な助けを得られず、違和感を飲み込み続け、
精神的にも身体的にも疲弊していく。
それは、本人の忍耐力の問題というより、
支えとなる資源が機能しなくなった状態だと説明されています。

ここで、心理的安全性は「社会的資源」として位置づけられます。
声を上げても大丈夫だった経験。
困難な状況の中で、意見を伝えても関係が壊れなかった記憶。
そうした履歴が、ストレスの高い局面で人を支える。

心理的安全性は、雰囲気の良さではなく、
人が回復し、立て直すための条件として語られているのです。

レジリエンス(trait_03)を「我慢」にしない

Emotional Compassでは、レジリエンス(trait_03)を
単なる耐久力や精神論としては扱いません。

Emotional Compass|レジリエンス(trait_03)

レジリエンスとは、負荷のかかる状況の中でも、
自分の状態を回復させ、再び判断や行動に戻っていける力です。
そこには、休息やセルフマネジメントだけでなく、
周囲との関係性や、安心して助けを求められる環境も含まれます。

もし、声を上げること自体がリスクになる職場であれば、
人は耐えるしかありません。
そしてその「耐え続ける状態」こそが、レジリエンスをすり減らしていきます。

DHBR記事が示しているのは、
心理的安全性が、レジリエンスを個人の我慢に押し込めないための条件になりうる、という点です。

危機の中で突然つくれるものではない

もう一つ、記事が強調しているのは、
心理的安全性は「危機が起きてから」整えても機能しにくい、という事実です。

混乱の最中に、「率直に話してほしい」と促されても、
過去に声を上げた経験がなければ、人は動けません。
心理的安全性は、制度やスローガンではなく、
日常のやり取りの中で積み重なっていく履歴だからです。

その履歴があるかどうかが、
負荷の高い状況で人が持ちこたえられるか、
つまりレジリエンスが立ち上がるかどうかを左右します。

レジリエンスは「我慢」ではない。
そう言える背景には、
心理的安全性を資源として捉える視点があるのかもしれません。


参考文献


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