会議で意見を求めても、誰も反応しない。
新しい取り組みを始めようとしても、動き出すのは一部のメンバーに限られる。
「もっと主体性を持ってほしい」と願うほど、空気が重くなる──。
多くの現場で繰り返されるこの光景は、本当に“個人の意欲”の問題なのでしょうか。
長くチームを観察していると、そこには性格では説明できない“見えない力”が働いています。
声を飲み込ませ、踏み出す力を弱め、責任を特定の人に集中させる力。
まるで、組織全体に共有された“物語”が、人々の行動を先回りして決めているかのように。
モノローグ組織──主体性を奪う“関係のかたち”
主体性が生まれない理由は、個人の弱さではありません。
それは、関係の構造にあります。
こうした“関係がふるまいを形づくる”という視点は、
Emotional Compassが扱う24特性の中でも、
**「対話期待性」や「差異への耐性」、そして行動の一貫性を支える「インテグリティ」**と強く響き合います。
ただし本稿では、特性そのものではなく、主体性が立ち上がる“関係の力学”に焦点を当てていきます。
『シェアド・リーダーシップ入門』で最上雄太が提示した
**“モノローグ組織”**という概念が、この状況を最も正確に描き出します。
“モノローグ組織”とは、
本音の対話が起こる前に、一人ひとりが心の中で自己完結してしまう組織です。
「言っても変わらない」
「どうせあの人が決める」
「自分が言うまでもない」
こうした“内なる独り言=モノローグ”が組織内で共有されていくと、
相互作用が起きる前に、主体性がしぼんでしまいます。
逆に、関係がわずかに揺れ、誰かの小さな本音が許容される瞬間が訪れると、
その一点から行動が生まれ始めます。
主体性とは“個人の性質”ではなく、関係がつくり出す場の性質なのです。
関係が人をつくる──Relational Leadership の視座
この理解は、近年の関係性アプローチ(Relational Leadership)と重なります。
メアリー・パーカー・フォレットの思想を継ぐフェッチャー(2004)は、
リーダーシップとは“人と人のあいだで生成される関係的プロセスである”と述べました。
また、ケネス・ジェンガー(Gergen 2009 Relational Being)は、
人間の主体性は個人の内部ではなく、相互作用の中で立ち上がると示しています。
この視座に立つと、
主体性が欠けているのではなく、
主体性が立ち上がるだけの“関係構造が整っていない”ことが問題だと分かります。
シェアド・リーダーシップ研究が示す「主体性の分散性」
シェアド・リーダーシップ研究の潮流も、これを裏づけます。
ピアース&コンガー(2003)は、
リーダーシップを“分散する影響プロセス”として捉え直しました。
続くカーソンら(2007)は、
主体性は“個人”ではなく“ネットワーク”の性質であると示し、
その中心には「相互信頼」「目的共有」「声の循環」があると明らかにしました。
近年のズーら(2018–2023)の研究でも、
主体性は“誰かが持つ力”ではなく、
関係ネットワークに分散して存在する力として定義されています。
主体性は、個々のモチベーションではなく、
関係の質・流動性・相互作用の密度によって決まるのです。
小さな揺らぎから、行動は変わる
では、モノローグ組織から抜け出すにはどうすればよいのでしょうか。
最上雄太は現場研究の中で、次のような“変化の萌芽”を示しています。
- 誰かの弱さや戸惑いが、仲間に共感的に受け止められた瞬間
- 失敗を責めず、「次どうする?」と声を掛け合う関係が生まれた瞬間
- 自分の役割外の行動に、仲間が「ありがとう」と返した瞬間
こうした**“関係が揺れる瞬間”**が、
主体性の源泉になります。
主体性は「自己決定」ではなく、
関係が変わることで、行動の可能性が開かれる現象なのです。
リーダーにできること──場の“関係構造”を変える
主体性を高めたいなら、
メンバーの“意欲”ではなく、関係の構造に働きかける必要があります。
『シェアド・リーダーシップ入門』の終章で示される
「SL発生促進の5つの戦略」は、その指針となります。
- 対話の安全性を確保する
- 期待・役割・目的の解像度を上げる
- 小さな協働を積み重ねる
- 弱さの共有が許される関係を育てる
- 個人・関係・制度の“同時変容”を意識する
主体性はメンバーの“努力”ではなく、
リーダーが整える“関係の器”から生まれるものです。
問いで締める
あなたのチームでは、どんな“モノローグ”が共有されているでしょうか。
その独り言のどれか一つが対話へ戻ったとき、
チームの主体性は、静かに動き出すのかもしれません。
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シェアド・リーダーシップ──一人で支えないリーダー像をつくる
https://innershift.jp/journal/shared-leadership-feature/
📚 参考文献(英語論文は英語表記のまま)
- Pearce, C., & Conger, J. (2003). Shared Leadership: Reframing the Hows and Whys of Leadership.
- Carson, J. B., Tesluk, P. E., & Marrone, J. A. (2007). Shared Leadership in Teams: An Investigation of Antecedent Conditions and Performance.
- Zhu, J., et al. (2018–2023). Network-based approaches to shared leadership.
- Fletcher, J. (2004). Relational Practice and Leadership.
- Gergen, K. (2009). Relational Being: Beyond Self and Community.
- 最上雄太(2022)『シェアド・リーダーシップ入門』(国際文献社)
- 最上雄太(2025)『人を幸せにする経営』(国際文献社)
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