昇進してから、忙しさだけが増えた。
自分が動いている感覚はあるのに、チーム全体の成果は思うように伸びていない。
その結果、気づけば実務に戻っている。
「自分がやったほうが早い」「まだ任せるには不安だ」。
そうして手を動かすほど、チームの判断は細り、確認や承認が増えていきます。
この違和感は、能力や努力の問題ではありません。
多くの場合、役割の移行が構造として設計されていないことに原因があります。
昇進は“仕事が増える”ことではない──役割の境界が曖昧なとき、組織は止まる
昇進後につまずくリーダーの多くは、無能なのではありません。
新しい役割と、これまでの役割の境界が定義されていない状態に置かれています。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたマーロ・ライオンズの論文は、この構造を明確に指摘しています。
昇進したリーダーは、旧来の仕事で評価されてきた成功体験を手放せず、新旧二つの役割を同時に抱え込んでしまうのです。
結果として起きるのは、仕事量の増加ではありません。
意思決定の所在が曖昧になることです。
誰が最終判断を持つのか。
どこまでが新しい役割で、どこからが手放すべき仕事なのか。
その線引きがなされないままでは、組織は前に進めません。
「任せられない」の正体──信頼不足ではなく、期待と権限が更新されていない
ライオンズの論文では、昇進後のリーダーであるサマンサの事例が紹介されています。
彼女は後任を配置したにもかかわらず、旧業務に頻繁に介入してしまいます。
その結果、後任は不満を抱き、部下は判断を止め、上司は成果の停滞を疑問視します。
ここで起きているのは、信頼の欠如ではありません。
期待と権限が更新されていないことが問題なのです。
部下は「どこまで自分が決めてよいのか」がわからない。
後任は「任されたはずの仕事に口出しされる」状態になる。
本人も「最終責任は自分にある」という不安から手を離せない。
こうしてマイクロマネジメントは、性格ではなく構造の産物として生まれます。
委譲を「根性」から「仕組み」に変える3ステップ
INNERSHIFTでは、委譲を個人の覚悟や度胸の問題として扱いません。
必要なのは、役割移行を仕組みとして設計することです。
第一に、役割境界の言語化。
誰が何を決めるのか、どこまでを任せるのかを明確に言葉にします。
第二に、移行期間の設計。
同席、観察、不在という段階を意図的に設け、期限を区切って委譲を進めます。
第三に、1on1の再定義。
評価や進捗確認ではなく、期待と責任を更新する対話へと位置づけを変えます。
ライオンズの論文でも、新しい上司に対して確認すべき問いとして、
「どの価値を期待されているのか」「成果とは何か」が挙げられています。
委譲とは、判断を放り投げることではなく、判断の前提を共有することなのです。
結語:問い
あなたが手放せないのは、仕事そのものなのでしょうか。
それとも、過去の成功体験なのでしょうか。
もし今週、ひとつだけ判断をチームに渡すとしたら、
あなたは何を渡しますか。
参考文献
ライオンズ,M.(2025)
『昇進したら、以前の仕事にしがみついてはいけない(Why You Should Stop Doing Your Old Job After a Promotion)』
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/13038
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