共感は、リーダーにとって望ましい資質として語られることが多くあります。
相手の気持ちを理解すること、寄り添うこと、配慮すること。そうしたふるまいは、組織やチームの中で価値あるものとして位置づけられてきました。
ただ、そのとき私たちが使っている「共感」という言葉は、必ずしも一つの意味を指しているわけではありません。
理解することと、感じること。寄り添うことと、巻き込まれること。
それらは似ているようでいて、異なる現象でもあります。
ここでは、共感を善いものとして称揚するのではなく、リーダーシップ研究の中でそれがどのように定義され、どのような構造を持ち、どのように機能し、どこに限界があるのかを整理していきます。
共感とは何か──他者に向かう感情として
共感という言葉は日常的に使われていますが、その内実は必ずしも曖昧ではありません。
C. Daniel Batsonの研究では、共感は「他者志向的な感情」として捉えられます。
それは、相手の状態を見て、自分が苦しくなることとは区別されるものです。
例えば、誰かが困難な状況にあるとき、
その人の立場に心を向け、その苦しさに応答する感情が生まれることがあります。
一方で、その場面を見て自分自身がつらくなり、その不快さから離れたくなる反応もあります。
どちらも似た反応に見えますが、前者は他者に向かい、後者は自分に向かっています。
この違いは、共感を考えるうえでひとつの起点になります。
共感は単一の能力ではない
では、その共感はどのように構成されているのでしょうか。
Mark H. Davisは、共感を複数の側面から捉えています。
視点取得(perspective taking)、共感的関心(empathic concern)、個人的苦痛(personal distress)といった要素です。
相手の立場を想像しようとする働き。
相手に対して温かさや関心を向ける感情。
そして、相手の状況に触れて自分自身が苦しくなる反応。
これらは同時に起きることもあれば、偏りをもって現れることもあります。
つまり、共感は「あるかないか」で測れる単一の力ではなく、いくつかの要素が組み合わさった状態として現れます。
感じることと、区別すること
さらに、Jean DecetyとPhilip Jacksonの研究は、共感の背後にあるプロセスをより立体的に示しています。
共感には、相手の感情を感じ取る働きと同時に、自分と相手を区別する働きが含まれています。
相手の状態に触れながらも、それに完全に飲み込まれないこと。
そのうえで、相手の立場や状況を想像すること。
感じることだけでも、距離を取ることだけでもなく、
その両方が同時に働いている状態が、共感の一つの姿として捉えられます。
リーダーシップにおいて共感は何をもたらすのか
では、このような共感は、リーダーシップにおいてどのように機能するのでしょうか。
Kellettらの研究では、共感的な傾向を持つリーダーは、フォロワーとの関係において信頼や安心感を生みやすいことが示されています。
それは、単に優しいということではなく、相手の状態に気づき、適切に関わろうとする姿勢が、関係の質に影響するということでもあります。
リーダーシップは、指示や意思決定だけで成立するものではありません。
関係の中で、どのように相手を捉え、どのように応答するか。
その積み重ねが、チームの動き方を形づくっていきます。
共感は、その関係の質に関わる一つの要素として機能していると考えられます。
共感は常に正しいわけではない
ただし、共感はそれ自体で正しさを保証するものではありません。
Paul Bloomは、共感がしばしば偏りを持つことを指摘しています。
私たちは、近しい相手や目の前にいる人に対しては強く共感しやすく、距離のある人や見えにくい存在に対しては共感が働きにくい傾向があります。
また、強い共感が判断に影響し、公平さや全体最適を損なうこともあります。
一人の苦しみに強く引き寄せられることで、他の可能性が見えにくくなることもあります。
共感は関係を支える力である一方で、その働き方によっては、視野を狭める要因にもなり得ます。
共感をどう捉え直すか
ここまでを踏まえると、共感は単純に「高いほどよい能力」として捉えることは難しくなります。
感じること。
区別すること。
想像すること。
関わり続けること。
これらが一体となり、その都度の状況の中で調整されながら機能している。
そのようなプロセスとして共感を見ることができるかもしれません。
固定された性質というよりも、揺れながら働き続けるものとしての共感です。
共感のリーダーに見えているもの
こうした視点から見ると、共感のリーダーの在り方も、少し違った輪郭を持って見えてきます。
相手の気持ちに気づきやすいこと。
関係の温度に敏感であること。
その力は確かに関係を支えます。
ただ、それは単に「感じる力」によって成り立っているわけではありません。
感じたものをそのまま扱うのではなく、区別し、考え、関係の中で位置づけ直していく。
その過程があってはじめて、共感は関係の中で機能していきます。
終わりに
共感は、増やすべきものなのでしょうか。
それとも、扱い続けるものなのでしょうか。
そのどちらとも言い切ることはできません。
ただ、共感を単純な善としてではなく、構造を持った働きとして捉えたとき、見えてくるものは少し変わってきます。
その変化の中に、リーダーシップのあり方を考える手がかりも含まれているのかもしれません。
■ 参考文献
Batson, C. Daniel
Empathy and Altruism
Davis, Mark H.
Measuring Individual Differences in Empathy
Decety, Jean & Jackson, Philip L.
The Functional Architecture of Human Empathy
Kellett, J. B., Humphrey, R. H., & Sleeth, R. G.
Empathy and Leadership Effectiveness
Bloom, Paul
Against Empathy
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