私たちは、何かを「正しい」と感じたとき、
それを自分の判断だと思います。
よく考えた結果としてそう結論づけた、
あるいは価値観に照らして選び取った。
そう理解することも多いかもしれません。
ただ、その判断は本当に「考えた結果」なのでしょうか。
それとも、別のかたちで立ち上がっているのでしょうか。
ここでは、倫理を「正しさ」そのものとしてではなく、
その判断がどのように生まれているのかというプロセスから捉え直していきます。
倫理はどこから始まるのか
倫理という言葉は、しばしば判断の基準として扱われます。
何が正しいか、何を選ぶべきかを決めるものとして。
ただ、その判断がどのように成り立っているのかに目を向けると、
少し違った見え方が出てきます。
Restは、倫理的行動を単一の判断ではなく、
複数のプロセスから成り立つものとして捉えています。
何が問題かに気づき、どう判断するかを考え、
それを選び取り、実際の行動として表す。
つまり、倫理はひとつの「決定」ではなく、
いくつかの過程が重なり合う中で成立しているものです。
判断は、どのように立ち上がるのか
では、その中核にある「判断」はどのように生まれているのでしょうか。
Haidtは、倫理的判断がまず直感として立ち上がり、
その後に理由が組み立てられるプロセスを示しています。
何かを見たときに「それは違う」と感じる。
あるいは「それは良い」と自然に思う。
その瞬間には、まだ言葉による説明はありません。
そのあとになって、なぜそう思ったのかが語られていきます。
この見方に立つと、倫理的判断は、
考え抜いた結果というよりも、
まず「そう感じられてしまうもの」として現れているとも言えます。
直感と熟考のあいだで
このプロセスは、認知の観点からも捉えることができます。
Kahnemanが示すように、人の思考には、
直感的に反応する働きと、ゆっくりと考える働きがあります。
倫理的な判断の多くは、まず直感的な反応として立ち上がり、
その後に熟考によって整理されたり、修正されたりします。
ただし、その順序が逆転することはあまりありません。
多くの場合、判断はすでに方向を持っており、
そのあとで理由が整えられていきます。
正しさは一つではない
さらに、その判断の内容も、一つに定まるわけではありません。
同じ出来事を前にしても、
人によって「正しい」と感じる方向が異なることがあります。
Haidtらが示すように、倫理的な判断は、
いくつかの異なる基盤の上に成り立っています。
ケア、公平性、忠誠、権威、純粋性など、
どの基準を重視するかによって、見える正しさは変わってきます。
つまり、倫理は一つの答えに収束するものではなく、
どのような基準で世界を見ているかによって立ち上がるものでもあります。
それでも揺らぐということ
こうしたプロセスで生まれる判断は、常に一貫しているわけではありません。
人は、ある場面では厳格に倫理的であっても、
別の場面ではそうでない振る舞いをとることがあります。
いわゆるモラル・ライセンシングの研究は、
「良いことをした」という感覚が、
その後の判断に影響を与える可能性を示しています。
倫理的であろうとする姿勢そのものが、
別の場面では判断を緩める方向に働くこともある。
ここにも、倫理が固定された基準ではなく、
状況の中で揺れ動くものであることが表れています。
倫理は「立ち上がる」
ここまでを踏まえると、倫理は単に「正しさを守ること」としては捉えきれません。
それは、あらかじめ定まった答えを適用することではなく、
状況の中で、直感や認知、基準の違いを含みながら、
その都度立ち上がってくる判断のプロセスです。
考えて決めるというよりも、
まず感じられ、その後に整えられていく。
その一連の流れの中で、倫理は形を持ち始めます。
倫理のリーダーに起きていること
こうした視点から見ると、倫理のリーダーの在り方も、少し違って見えてきます。
常に正しい答えを持っている人というよりも、
判断がどのように生まれているのかに自覚的でいようとする人。
直感に従うこともあれば、それを疑うこともあり、
異なる基準があることを前提に関わり続ける。
そのプロセスを経ることで、結果として
周囲に安心感や信頼が生まれているのかもしれません。
終わりに
倫理は、守るべき正しさなのでしょうか。
それとも、その都度立ち上がる判断の過程なのでしょうか。
何が正しいかを考えると同時に、
その正しさがどのように生まれているのかに目を向けると、
見え方は少し変わってきます。
その変化の中に、リーダーシップのあり方を考える手がかりも含まれているのかもしれません。
■ 参考文献
Rest, J. R.
Moral Development: Advances in Research and Theory
Haidt, J.
The Emotional Dog and Its Rational Tail
Kahneman, D.
Thinking, Fast and Slow
Haidt, J.
Moral Foundations Theory
Merritt, A. C., Effron, D. A., & Monin, B.
Moral Self-Licensing
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