自分を知れば、人は変わるのでしょうか。
リーダー育成では、自己理解が大切だと言われます。
自分の強みや弱みを知る。
自分の行動の癖を知る。
自分が周囲にどのような影響を与えているのかを知る。
私自身も、自分を知ることは、リーダーとして成長するうえで大切だと考えてきました。
ところが、次世代リーダー研修でEmotional Compassを使い、参加者の言葉を読んでいるうちに、少し違う問いが生まれました。
自分を知ったあと、人は何をするのだろう。
そして、もう一つ。
自分を知るとは、そもそもどういうことなのだろう。
Emotional Compassを使った次世代リーダー研修
今回の研修では、参加者にEmotional Compassを受けてもらいました。
Emotional Compassは、リーダーシップに関わる24の特性から、自分自身の特徴を捉えていくためのアセスメントです。
大切なのは、スコアの高低を、そのまま能力の優劣として判定するものではないということです。
高いから優れたリーダーで、低いから劣ったリーダー、という見方はしません。
むしろ結果を材料に、
「なぜ、自分にはこの特徴が表れているのだろう」
「この特徴と、この特徴には、どんなつながりがあるのだろう」
と、自分自身について考えていきます。
研修後のアンケートでは、約71%が、Emotional Compassの結果について「自分を理解するうえで、とても参考になった」と回答しました。
また、回答者全員が、少なくとも自己理解の参考になったと肯定的に評価しています。
もちろん、この結果だけから、Emotional Compassによってリーダーシップが変化したとは言えません。
私が興味を持ったのは、むしろその先でした。
参加者は、結果を見て何を考えたのか。
「当たっている」で終わっていなかった
自由記述を読んでいくと、参加者の反応はさまざまでした。
自分の特徴が可視化されたことで、あらためて自分を見つめ直すことができた。
自分では気づいていなかった側面が見えた。
自分の感覚と結果が異なる部分があった。
想像していなかった特性の数値が高かった。
興味深かったのは、単に、
「当たっている」
「当たっていない」
と結果を評価して終わっていなかったことです。
複数の特性を組み合わせながら、自分を理解しようとする参加者もいました。
たとえば、感情表現力と感情俯瞰力。
あるいは、共感的感度、共感的行動、挑戦共感性。
一つひとつの数値を見るだけではなく、
「なぜ、自分にはこの組み合わせが表れているのだろう」
と考え始める。
つまり、結果によって自分についての答えが与えられたというより、これまであまり意識していなかった自分の一面に、関心が向き始めていたのです。
自分を知ることと、自分が変わることは同じなのか
では、自分について新しい発見をすれば、リーダーとしての行動も変わるのでしょうか。
研究をたどると、それほど単純ではないことが分かります。
フィードバック研究で知られるアヴラハム・クルーガー(Avraham N. Kluger)とアンジェロ・デニシ(Angelo DeNisi)は、1996年、フィードバック介入とパフォーマンスに関する大規模なメタ分析を発表しました。
そこで示されたのは、フィードバックを与えれば、常にパフォーマンスが向上するわけではないということでした。
フィードバックは、人の注意がどこに向くかによって、その後の行動に異なる影響を与える可能性があります。
さらに、ジェームズ・スミザー(James W. Smither)、マヌエル・ロンドン(Manuel London)、リチャード・ライリー(Richard R. Reilly)は2005年、多面評価、いわゆる360度フィードバックを受けた後の変化について、それまでの研究をレビューしています。
ここでも、結果を本人に返せば、それだけで大きな変化が生じるという単純な姿は示されていません。
結果をどう受け止めるのか。
そこにどんな意味を見いだすのか。
そして、その後に何をしてみるのか。
「自分について何かを知ること」と「実際に行動が変わること」の間には、いくつものプロセスがあるのです。
では、自分を知ることには何の意味があるのか
ここで、私は最初の問いに戻りました。
自分を知っただけでは、人は変わらない。
それなら、自分を知ることには、どんな意味があるのでしょうか。
今回の参加者の言葉をもう一度見ていると、一つのことが気になりました。
参加者は、結果を見た瞬間に、自分を変えようとしていたわけではありません。
その前に、
「これは何だろう」
「なぜ自分はこうなのだろう」
「自分ではそう思っていなかった」
と、自分自身のある部分に目を向けていました。
私は、ここに自己理解のもう一つの意味があるのではないかと考えています。
自分を知るとは、自分についての正しい答えを手に入れることだけではない。
それまで見ていなかった自分に、関心を持つことでもあるのではないでしょうか。
「変える」前に、「関心」がある
リーダー育成というと、私たちはすぐに「何を変えるか」を考えます。
弱いところを伸ばす。
足りない能力を身につける。
望ましいリーダー像へ近づく。
けれど、その前にあるものを、私たちは見落としているのかもしれません。
自分の何に目を向けるのか。
何を不思議だと思うのか。
何について、もう少し考えてみたいと思うのか。
つまり、
「自分の何を変えるか」
より前に、
「自分の何に関心を持つか」
がある。
今回の参加者の一人は、特性の「優劣」ではなく、「より考えている・力を入れている」という基準であることが興味深かった、と振り返っています。
別の参加者も、
「スコアが高い=能力が高いわけではない」
ということを研修を通して理解したと記しています。
高いところを伸ばし、低いところを直す。
そのためだけに結果を見るのではない。
なぜ、自分はここに強く反応するのか。
なぜ、この特徴は自分では意識していなかったのか。
なぜ、この二つの特性が自分の中で一緒に表れているのか。
スコアが、自分を評価するための数字ではなく、自分に関心を向けるための材料になる。
そこに、アセスメントの別の可能性があるように思います。
リーダーの成長は、「欠けているものを埋めること」だけではない
リーダー育成研究でも、成長は単なるスキルの獲得だけでは捉えられていません。
リーダーおよびリーダーシップ開発研究で知られるデイヴィッド・デイ(David V. Day)らは、25年間の研究を振り返り、リーダーの成長には、自分自身についての理解や、自分をどのようなリーダーとして捉えるのかという自己概念の形成も関わることを論じています。
また、リーダー・アイデンティティの研究で知られるD・スコット・デルー(D. Scott DeRue)とスーザン・アシュフォード(Susan J. Ashford)は、リーダーとしての自己像が、自分一人の内面だけで完結するものではなく、他者との社会的な相互作用の中でも形成されていくと考えました。
今回の研修でも、自分自身について考えた先に、
「他の人からは、自分はどう見えているのだろう」
という関心を示した参加者がいました。
ここから先、他者との関係が自己理解にどのような影響を与えるのか。
これは、今回とは別に考えてみたいテーマです。
少なくとも今回見えてきたのは、自己理解とは、自分についての情報を増やすことだけではなさそうだ、ということでした。
Emotional Compassは、答えを出すためのものなのか
今回の研修を通じて、私自身もEmotional Compassの意味をあらためて考えるようになりました。
もちろん、自分の特徴を可視化することには意味があります。
しかし、結果を見て、
「自分はこういう人間なのだ」
と答えを確定してしまうためだけのものなら、そこで思考は終わってしまいます。
今回、参加者に起きていたのは、むしろ逆でした。
自分では気づいていなかった特徴を見つける。
自分の感覚との違いに気づく。
複数の特性の関係を考える。
そして、自分自身について新しい問いを持つ。
だから私は今、Emotional Compassを、
「あなたはこういうリーダーです」
と答えを与えるためだけのものではなく、
「自分は、なぜこうなのだろう」
と、自分自身への関心を開くための入口として捉えています。
自分について、何が気になりますか
今回のアンケートから分かったのは、Emotional Compassによって参加者のリーダーシップ行動が変わった、ということではありません。
そこまでのことは、このデータからは言えません。
分かったのは、参加者が自分自身について考える材料を得て、それまで意識していなかった自分に目を向け始めたことです。
自分を知ることは、ゴールではない。
けれど、だからといって意味がないわけでもない。
自分を変えようとする前に、
自分の何が気になるのか。
なぜ、それが気になるのか。
そこから考えてみる。
リーダーシップの変化は、案外、そんな小さな関心から始まるのかもしれません。
参考文献
Kluger, A. N., & DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary Feedback Intervention Theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254–284. https://doi.org/10.1037/0033-2909.119.2.254
Smither, J. W., London, M., & Reilly, R. R. (2005). Does performance improve following multisource feedback? A theoretical model, meta-analysis, and review of empirical findings. Personnel Psychology, 58(1), 33–66. https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.2005.00314.x
Day, D. V., Fleenor, J. W., Atwater, L. E., Sturm, R. E., & McKee, R. A. (2014). Advances in leader and leadership development: A review of 25 years of research and theory. The Leadership Quarterly, 25(1), 63–82. https://doi.org/10.1016/j.leaqua.2013.11.004
DeRue, D. S., & Ashford, S. J. (2010). Who will lead and who will follow? A social process of leadership identity construction in organizations. Academy of Management Review, 35(4), 627–647.
