「共感」と「迎合」は、どこで分かれるのか。──リーダーの優しさと決断
優しいリーダーは、よいリーダーなのか
部下の話をよく聞く。気持ちを理解しようとする。困っている人がいれば、できる限り力になろうとする。
こうしたリーダーを、私たちは「優しいリーダー」と呼ぶかもしれません。
人を率いる立場にある人が、相手の感情に無関心であってよいはずはありません。仕事には不安や葛藤が伴います。相手の気持ちを理解しようとする姿勢は、信頼関係を築くうえでも重要でしょう。
しかし、優しいリーダーが、いつもよい判断をするとは限りません。
例えば、部下から「この仕事は自信がないので、担当を外してほしい」と相談されたとします。
不安を受け止め、希望どおりに担当を変更する。それは一つの対応です。
けれども、本人の成長の機会や、ほかのメンバーへの負担、仕事の重要性を考えたとき、その判断が適切かどうかは別の問題です。
もちろん、無理に担当を続けさせることが正しいとも限りません。
ここに、リーダーの共感と判断をめぐる難しさがあります。
以前、IQとEQを比較することの限界について考えました。感情を理解する能力が重要だとしても、それだけでリーダーとしての判断や行動の適切さが決まるわけではありません。
今回考えたいのは、その先にある問いです。
相手の気持ちを理解することと、相手の望む結論を選ぶことは、同じなのでしょうか。
共感とは、何をすることなのか
共感という言葉は、日常の中でさまざまな意味に使われています。
相手の気持ちが分かること。相手の立場に立って考えること。悲しみや喜びをともに感じること。相手を支えようとすること。
これらは関係していますが、必ずしも同じ働きではありません。
デイヴィス(Davis, 1983)は、共感を一つの単純な性質としてではなく、複数の側面から捉える測定上の枠組みを提示しました。
相手の視点を理解しようとすることと、相手の感情に反応することには、区別できる側面があります。
この違いは、リーダーの行動を考えるうえでも重要です。
INNERSHIFTのEmotional Compassには、共感に関わる三つの特性があります。
共感的感度は、相手の感情の微細な変化に気づくこと。
傾聴力は、相手の言葉の背後にある感情や意図に耳を傾けること。
共感的行動は、共感の気持ちを具体的な行動として表すことです。
例えば、部下が仕事への不安を口にしたとき、表情や声の変化に気づくこと、何を不安に感じているのかを丁寧に聞くこと、必要な支援を考えることは、それぞれ異なる働きです。
ただし、これらの特性が高ければ、必ず適切な判断ができるというわけではありません。
相手の気持ちを理解した後に、どのような行動を選ぶか。
そこには、共感とは別に考えなければならない問題が残っています。
理解することと、同意することは違う
部下が新しい仕事への挑戦を拒んでいるとします。
話を聞いてみると、過去の失敗が強く心に残り、再び同じ経験をすることを恐れているようです。
リーダーは、その不安を理解することができます。
しかし、不安を理解することと、「だから挑戦しなくてよい」と判断することは同じではありません。
反対に、不安を理解したからこそ、仕事の進め方を変えたり、支援体制を整えたりする必要があるかもしれません。
ここで、共感と迎合の違いが見えてきます。
共感は、相手が何を感じ、何を大切にしているのかを理解しようとすることです。
一方、迎合は、相手との摩擦を避けたり、好意を失わないようにしたりするために、判断の妥当性を十分に検討せず、相手の希望に合わせてしまうこととして考えられます。
ただし、これは両者を区別するための実践的な整理であり、共感研究によって確立された二分法ではありません。
また、相手の希望を受け入れることが、直ちに迎合になるわけでもありません。
十分に事情を確認した結果、希望に応じることが最も妥当な場合もあります。
重要なのは、結論が相手の希望と一致したかどうかではなく、なぜその判断を選んだのかということです。
相手の感情を理解したうえで、必要な情報や異なる立場を検討しているでしょうか。
それとも、関係が悪くなることを恐れて、判断そのものを避けているのでしょうか。
リーダーの優しさが問われるのは、むしろこの違いにあるのかもしれません。
相手のために、相手が望まない判断をする
リーダーには、ときに相手の希望に反する判断が求められます。
例えば、ある社員が新しい役割を希望しているものの、現時点では必要な経験や準備が十分ではないと判断される場合です。
本人の意欲を尊重することは大切です。しかし、期待に応えるためだけに役割を任せれば、本人にも周囲にも大きな負担が生じる可能性があります。
一方で、経験が足りないという理由だけで機会を与えなければ、成長の可能性を狭めてしまうかもしれません。
これは説明のための仮想事例です。
ここで必要なのは、本人の希望を退ける勇気だけではありません。
判断の妥当性を考えるには、少なくとも三つのことを確かめる必要があります。
第一に、本人の希望や不安を十分に理解しているか。
本人が何を望み、何を恐れているのか。その背景を確かめずに、能力や意欲を決めつけていないでしょうか。
第二に、仕事上の必要性や周囲への影響を検討しているか。
本人の成長機会だけでなく、役割に求められる条件、ほかのメンバーへの負担、組織として果たすべき責任も考える必要があります。
第三に、判断後の支援や見直しの可能性を考えているか。
今回は希望に応えられなくても、必要な経験を積む機会を設けたり、一定期間後に改めて判断したりすることはできるかもしれません。
集団内の対立を研究したジェーン(Jehn, 1995)は、仕事の課題に関する意見の相違と、対人関係上の対立を区別して検討しています。
この研究から、異論や対立が常に望ましい結果をもたらすとは言えません。しかし、意見の違いをすべて人間関係の問題として捉える必要はない、という視点を得ることはできます。
相手の希望に反対することは、相手を否定することと同じではありません。
そして、希望に反する決断をしたからといって、それが自動的に正しい判断になるわけでもありません。
リーダーには、自分の判断が本当に妥当だったのかを問い続ける姿勢が必要です。
共感を、判断と行動につなげる
では、相手への共感を、どのように判断と行動につなげればよいのでしょうか。
私は、三つのことが重要だと考えています。
第一に、相手の感情を理解しながら、自分の判断の基準を見失わないことです。
相手が困っていることを理解しても、すべての要求に応えることができるとは限りません。
Emotional Compassの境界保持力は、この問題を考える補助線になります。
相手を大切にすることと、自分が引き受けるべき役割や責任を明確にすることは、両立する必要があります。
第二に、意見の違いを、関係の破綻と結びつけないことです。
リーダーと部下の考えが一致しないことは、珍しくありません。
異なる考えを持つ相手と、対話を続けられるでしょうか。
ここでは、差異への耐性という視点が役立ちます。
異論を受け止めることは、相手の意見に従うことでも、自分の判断を守るために相手を退けることでもありません。
第三に、判断の理由を伝え、その後の行動に責任を持つことです。
希望どおりの結論を出せない場合でも、なぜそう判断したのかを説明することはできます。
さらに、必要な支援や今後の可能性を一緒に考えることもできるでしょう。
意図共有力は、こうした働きかけを考える手がかりになります。
デタートとバリス(Detert & Burris, 2007)は、リーダーの行動と従業員の発言行動の関係を検討しました。
この研究は、リーダーの開放的な姿勢と、従業員が意見を述べることの関係を考えるうえで参考になります。ただし、発言を促すことと、発言内容を適切に判断へ反映することは別です。
ここで挙げた三つの視点は、研究やEmotional Compassによって、共感と決断の最適な組み合わせが実証されたという意味ではありません。
共感をリーダーの実践へつなげるための、私自身の考察です。
リーダーは、何に責任を持つのか
共感できるリーダーは、相手の気持ちを理解しようとします。
しかし、理解したことだけで、リーダーとしての責任を果たしたことにはなりません。
相手の希望を受け入れれば、喜んでもらえるかもしれません。反対に、希望に沿わない判断をすれば、失望や反発を招くこともあるでしょう。
だからこそ、判断の基準を、相手に好かれるかどうかだけに置くことはできません。
同時に、「嫌われても決断することがリーダーの強さだ」という考え方にも注意が必要です。
相手の希望に反することを、判断の正しさの証拠にしてはいけないからです。
十分に事情を理解し、仕事上の必要性や周囲への影響を検討した結果、相手の希望を受け入れることが適切な場合もあります。
その判断は迎合ではありません。
反対に、相手の希望を退けたとしても、十分な根拠がなければ適切な判断とは言えないでしょう。
リーダーには、結論だけでなく、そこに至る過程を問い直す責任があります。
そして判断を下した後にも、説明し、支援し、必要であれば見直す責任が残ります。
私は、共感と決断を対立するものとして捉える必要はないと考えています。
リーダーの優しさは、相手の望む答えを与えることだけでは測れません。
相手の気持ちを理解し、その人の意思を尊重しながら、必要な判断とその後の責任を引き受けること。
部下から相談されたとき、私たちは相手の気持ちを十分に聞いているでしょうか。
そのうえで、判断の根拠を確かめているでしょうか。
そして、どのような結論を選んだとしても、その後に何が起きるのかを見届けているでしょうか。
共感と迎合が分かれるのは、相手の希望に応えたかどうかではなく、相手を理解したうえで、どのように判断し、その責任を果たすのかという過程にあるのだと思います。
参考文献
Davis, M. H. (1983). Measuring individual differences in empathy: Evidence for a multidimensional approach. Journal of Personality and Social Psychology, 44(1), 113–126. https://doi.org/10.1037/0022-3514.44.1.113
Jehn, K. A. (1995). A multimethod examination of the benefits and detriments of intragroup conflict. Administrative Science Quarterly, 40(2), 256–282. https://doi.org/10.2307/2393638
Detert, J. R., & Burris, E. R. (2007). Leadership behavior and employee voice: Is the door really open? Academy of Management Journal, 50(4), 869–884. https://doi.org/10.5465/AMJ.2007.26279183
