“聞いているつもり”が交渉を壊す──最高レベルの傾聴とは何か|INNERSHIFT

執筆:最上 雄太

交渉の場では、誰もが「相手の話を聞いている」と思っています。
少なくとも、聞く姿勢を取っていない人は、ほとんどいないでしょう。

それでも、話は噛み合わず、感情はすれ違い、
「なぜわかってもらえないのか」という感覚だけが残ります。
交渉が難しくなるのは、たいていその瞬間からです。

問題は、傾聴の重要性を知らないことではありません。
むしろ、「知っている」「できている」という感覚そのものが、
対話を静かに壊しているのではないでしょうか。
そんな違和感から、話を始めたいと思います。


極限状況で機能していたのは、説得ではない

ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー に掲載された
「優れた交渉は最高レベルの傾聴から始まる──誘拐・恐喝対応の専門家に学ぶ究極の技術」
(スコット・ウォーカー/翻訳:石原 薫)は、
誘拐・恐喝対応という、極度の緊張と不確実性にさらされた現場を舞台にしています。

そこでは、
声を荒げることも、
正論をぶつけることも、
急いで結論を出すことも、
すべてが事態を悪化させます。

著者が最初に行うのは、相手を動かすことではありません。
場を落ち着かせ、感情の高ぶりを抑え、
交渉が成立する地面を整えることでした。

そして、犯人と向き合う役割を担う人物に求められた条件も、
交渉術や話術ではありません。
感情が揺さぶられる状況の中で、
相手の話に耳を傾け続けられること。
それが、何よりも優先されていました。


「レベル5の傾聴」

記事では、傾聴を5つのレベルに分けて説明しています。
レベルが上がるにつれて変わっていくのは、
テクニックの高度さではなく、
対話における立ち位置です。

相手の言葉を遮らずに聞きます。
論理だけでなく、感情にも注意を向けます。
そして、相手が何を求めているのかを、
急いで解釈しません。

ここで起きているのは、
「理解しようとする努力」以上の何かです。

自分の主張を通す前に、
自分の焦りや怒り、恐れをいったん脇に置きます。
影響を与えようとする前に、
関係が壊れない位置に立ち続けます。

それが結果として、
相手の信頼を生み、
協力を引き出す条件になっていました。


なぜ、傾聴はすぐに機能しなくなるのか

記事の後半では、
「傾聴の効果を阻害するもの」が列挙されています。

すぐに助言してしまうこと。
頭の中で分析を続けてしまうこと。
自分の経験に当てはめてしまうこと。
次に何を言うかを考えてしまうこと。

どれも、特別な欠点ではありません。
むしろ、多くの人が自然にやってしまう反応です。

重要なのは、
これらが「相手の話を聞いていない態度」ではなく、
自分の内側が忙しすぎる状態として起きている点でしょう。

聞いている「つもり」のとき、
私たちはたいてい、
相手よりも自分の内面に注意を向けています。


傾聴は、技術ではなく「余白」

誘拐犯との交渉でも、
日常的なビジネス交渉でも、
共通していたのは、
相手を説得する前に、
関係の地面を整えていたことでした。

それは、相手のために行われていたというより、
関係を壊さないために保たれていた姿勢だったとも言えます。

感情が高ぶっているときほど、
この余白は失われやすくなります。
そして余白が失われると、
どんな高度なテクニックも、
相手には圧力として届いてしまいます。


Emotional Compassが「傾聴力」を特性として扱う理由

Emotional Compassにおける傾聴力は、
話を遮らない能力でも、
共感的にうなずく技術でもありません。

相手の話に向き続けられる内的な余白。
自分の反応を急がず、
判断を保留したまま関係にとどまる力です。

それがなければ、
共感は演技になり、
理解は支配に変わってしまいます。

この特性は、
https://innershift.jp/twentyfour-traits/trait_08/
にて整理されています。

傾聴力が一つの特性として扱われているのは、
それが「やり方」ではなく、
対話の場に立ち続けるための基盤だからなのでしょう。


聞いているつもり

交渉の成否を分けているのは、
どれだけうまく話せたかではなく、
どれだけ相手に向き続けられたかでした。

「聞いているつもり」になった瞬間、
私たちは無意識のうちに、
相手から少し離れているのかもしれません。

その距離に気づけるかどうか。
傾聴が問われているのは、
いつもその地点なのだと思います。


参考文献


INNERSHIFTからのお知らせ

INNERSHIFTでは、
感情と意思決定、対話、リーダーシップの関係を
Emotional Compass を通じて探究しています。

本記事で扱った「傾聴力」は、
相手を理解するための技術ではなく、
関係の中にとどまり続けるための重要な特性です。

▶ 公式サイト:https://innershift.jp
▶ JOURNAL:https://innershift.jp/journal
▶ Emotional Compass:https://innershift.jp/compass

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