まだ起きていないことが、なぜ人のあいだで共有されるのでしょうか。
ビジョンはしばしば、「未来を示すもの」として語られます。
方向性を示し、人を動かし、組織を前に進めるものとして。
けれど、その未来は、まだ存在していません。
経験したことも、確認することもできないものです。
それにもかかわらず、人はある未来像を共有し、そこに向かって動き始めることがあります。
このとき、何が起きているのでしょうか。
ここでは、ビジョンを「未来を語ること」としてではなく、
「まだ存在しない未来が、どのように共有されるのか」という観点から捉え直します。
未来は、どこで生まれているのか
人は過去の経験だけで行動しているわけではありません。
Seligmanらが示すように、人の意思決定は、未来に対する予測や想像によって大きく方向づけられています。
まだ起きていない出来事を頭の中で描き、その可能性に基づいて選択しているということです。
ここで扱われている未来は、外に存在するものではなく、個人の中で生成されるものです。
同じ状況にあっても、どのような未来を思い描くかは人によって異なります。
つまり、ビジョンの出発点は、個人の中にある未来のイメージだと言えます。
それは、どのようにして共有されるのか
ただ、その未来が一人の中にとどまる限り、それは行動を広げていくことはありません。
複数の人が同じ方向に動き始めるとき、そこでは何らかの「共有」が起きています。
この点を考える手がかりとして、Shared Mental Models(共有メンタルモデル)の研究があります。
Cannon-Bowersらは、人が協働するとき、単に目標を共有するだけでなく、
状況の理解や行動の前提となる認知構造を共有していることを指摘しています。
同じ言葉を使っているだけではなく、
何が重要で、どのように進むのかについて、似た構造で理解している。
ビジョンが共有されるとは、未来のイメージそのものというよりも、
その未来をどのように捉えるかという枠組みが揃っていく過程とも言えます。
「私たちの未来」が立ち上がるとき
さらに、John Searleの議論は、この共有がどのように集団として成立するかを示唆します。
個人がそれぞれに未来を思い描くだけではなく、
「私たちはこうする」という形で意図が共有されるとき、そこには“we-intention”が生まれます。
それは単なる個人の意図の集合ではなく、
「私たち」という単位で未来に向かう前提が立ち上がる状態です。
ビジョンが個人の中のイメージから、集団の中で共有されるものへと変わるとき、
このような転換が起きていると考えることができます。
同じ未来を“体験している”という感覚
では、人はどのようにして同じ未来を共有しているのでしょうか。
その手がかりのひとつが、Mental Simulationの研究です。
人は未来の出来事を、あたかも経験するかのように頭の中で再生することができます。
ある未来を思い描くとき、
それは単なる言葉ではなく、状況や感情を伴ったイメージとして立ち上がります。
もし、そのイメージの構造が似ていれば、
人は同じ未来を見ているかのような感覚を持つことができます。
ビジョンが共有されるとは、
同じ未来を“知る”ことではなく、同じように“想像できる”状態が生まれることでもあります。
語り方が、共有を左右する
ただし、その共有は自動的に起きるわけではありません。
TverskyとKahnemanが示したように、同じ内容であっても、
どのように提示されるかによって人の受け取り方は大きく変わります。
未来も同様に、どのような言葉で語られるかによって、
それが現実味を持つのか、距離を感じるものになるのかが変わってきます。
ビジョンは、単に内容として存在するのではなく、
どのように表現されるかによって、共有されるかどうかが左右されます。
共有された未来は、なぜ歪むのか
一方で、未来の共有は、必ずしも正確さを保証するものではありません。
KahnemanとTverskyが指摘するように、人は未来について楽観的に見積もる傾向があります。
計画は過小評価され、困難は見落とされやすい。
共有された未来であればあるほど、
その見積もりが集団の中で補強され、修正されにくくなることもあります。
ビジョンは人を動かす力を持つ一方で、
その共有のされ方によっては、現実とのずれを拡大させることもあります。
ビジョンをどう捉えるか
ここまでを踏まえると、ビジョンは単なる目標やスローガンとして捉えることは難しくなります。
それは、個人の中で生成される未来のイメージが、
認知の枠組みとして共有され、
集団の意図として立ち上がり、
言葉によって形を与えられ、
その過程で歪みも含みながら広がっていくプロセスです。
固定されたものというよりも、
共有され続ける中で変化し続けるものとしてのビジョンです。
ビジョナリー・リーダーに起きていること
こうした視点から見ると、ビジョナリー・リーダーの役割も、少し違って見えてきます。
未来を示しているというよりも、
人が同じ未来を想像できる状態をつくっている。
個人の中にあったイメージを、
他者と共有可能な形へと変換し、
「私たちの未来」として立ち上げていく。
その過程の中で、ビジョンは単なる言葉ではなく、
共有された認知として機能し始めます。
終わりに
ビジョンは、描くものなのでしょうか。
それとも、共有される中で形づくられていくものなのでしょうか。
まだ存在していない未来が、現実の行動を動かすとき、
そこには何が共有されているのか。
その問いは、ビジョンそのものの捉え方を、少し変えていくのかもしれません。
■ 参考文献
Seligman, M. E. P., Railton, P., Baumeister, R. F., & Sripada, C.
Homo Prospectus
Cannon-Bowers, J. A., Salas, E., & Converse, S.
Shared Mental Models in Expert Team Decision Making
Searle, J. R.
The Construction of Social Reality
Taylor, S. E., Pham, L. B., Rivkin, I. D., & Armor, D. A.
Harnessing the Imagination
Tversky, A., & Kahneman, D.
The Framing of Decisions and the Psychology of Choice
Kahneman, D., & Tversky, A.
Intuitive Prediction: Biases and Corrective Procedures
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