会議で議論した。
本を読んだ。
動画を見た。
AIに相談した。
そして、
「なるほど、わかった」
と思う。
私たちは日常の中で、こうした経験を何度もしています。
もちろん、理解することは大切です。
新しい知識を得ることも重要です。
しかし、ときどき不思議なことが起きます。
わかったと思っていたのに、説明できない。
理解したと思っていたのに、応用できない。
考えたはずなのに、新しい見方が生まれていない。
なぜ私たちは、「考えたつもり」になるのでしょうか。
わかった瞬間に、思考は止まることがある
私たちは一般的に、
考えていないことを問題視します。
しかし実際には、
考えていないことよりも、
考えたと思ってしまうことの方が厄介かもしれません。
なぜなら、
考えていない人は、まだ考え始める余地があります。
一方で、
「もう理解した」
と思った人は、その先を探ろうとしなくなることがあるからです。
わかったという感覚は安心をもたらします。
けれど、その安心感が思考を止めてしまうこともあります。
人は、自分が理解していると思いやすい
心理学者のLeonid RozenblitとFrank Keilは、
説明深度の錯覚(Illusion of Explanatory Depth)
という現象を研究しました。
人は、自分が物事を理解していると思いやすい。
しかし実際に説明しようとすると、十分には説明できないことが少なくありません。
たとえば、
自転車はなぜ倒れずに走るのか。
トイレはどのような仕組みで流れるのか。
私たちは知っているつもりでいます。
けれど、詳しく説明してほしいと言われると、意外と難しい。
研究によれば、人は説明を求められた時にはじめて、自分がどこまで理解していないのかに気づくことがあります。
つまり、
理解していることと、
理解していると思っていることは、
同じではないのです。
AIは「わかった気」をつくりやすい
近年、この現象はさらに起きやすくなっているのかもしれません。
AIは、
情報を整理してくれます。
要約してくれます。
論点をまとめてくれます。
複雑な内容をわかりやすく説明してくれます。
それ自体は素晴らしいことです。
しかし、その滑らかさゆえに、
私たちは理解した気になりやすくなります。
読んだ。
整理された。
納得した。
だから理解した。
そう感じてしまう。
けれど、
本当に考えたのでしょうか。
理解と、考えることは違う
理解することと、
考えることは似ているようで少し違います。
理解とは、
既にある説明を受け取ることです。
一方で考えるとは、
自分なりの問いを持ち、
自分なりの意味をつくっていくことでもあります。
だから、
結論を共有することと、
一緒に考えることは同じではありません。
同じ説明を聞いて、
同じ結論に納得したとしても、
その人自身の問いが生まれていなければ、
思考はまだ始まっていないのかもしれません。
他者が必要なくなる時
「わかった」
という感覚が強くなると、
私たちは他者を必要としなくなることがあります。
なぜなら、
もう答えを持っているように感じるからです。
しかし、本当に考える時には、
自分とは違う見方が必要になります。
異なる経験。
異なる違和感。
異なる問い。
そうしたものに触れた時、
私たちの理解は揺さぶられます。
そして、その揺らぎの中で初めて、新しい考えが生まれることがあります。
自己批判性とは何か
Emotional Compassでは、「自己批判性」を24特性の一つとして扱っています。
自己批判性とは、自分を責める力ではありません。
自分の考えや理解を疑う力です。
「本当にそうなのだろうか」
「私は何を前提に考えているのだろうか」
「理解したつもりになっていないだろうか」
そう問い直す力です。
それは、自分を否定することではなく、
思考を閉じないための力とも言えるかもしれません。
考えることは、わからなさに残ること
私たちは、
わかりたいと思います。
答えを得たいと思います。
しかし、
考えるという営みは、
必ずしもすぐに答えへ向かうものではありません。
むしろ、
わからなさの中に留まり続けることでもあります。
考えることの反対は、
無知ではないのかもしれません。
理解したと思い込むことなのかもしれません。
そして本当に考える人ほど、
「まだわからない」
と言えるのかもしれません。
参考文献
Rozenblit, L., & Keil, F. (2002)
The Misunderstood Limits of Folk Science: An Illusion of Explanatory Depth.
Cognitive Science, 26(5), 521–562.
参考記事
AIは、なぜ「モノローグ組織」を加速させるのか
──「滑らかさ(smoothness)」の落とし穴 #7
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