「リーダーが一人で引っ張る時代は終わった」そう語られることが増えた今、私たちは改めて問います。“シェアド・リーダーシップ”とは何か。それはどのように生まれ、育つのか。
本記事では、シェアド・リーダーシップの理論的背景と、実際の組織における実践の手がかりを紹介します。リーダーシップを「発揮する個人」ではなく、「立ち上がる関係性」として捉え直すことで、組織にどのような変化が起きるのか。その輪郭の曖昧さにこそ、大きな可能性が宿っているのです。
もはや一人のリーダーでは動かせない時代へ
しかし、社会の変化とともに、こうしたリーダー像の前提が揺らぎ始めています。特にコロナ禍以降、リモートワークが日常となり、対面で感じ取れていた空気感や表情の変化に触れる機会が減少しました。リーダーが現場の“温度”を把握することも難しくなっています。
さらに、生成AIの登場によって「人が判断するとは何か」という問いも改めて浮かび上がりました。一人の判断で常に正解を出すという前提は、現実から乖離しつつあります。
いま、「すべてを見通し、唯一の正解を示すリーダー」がチームを導く時代は終わりつつあります。変化に応じて柔軟に動くためには、よりしなやかで、開かれたリーダーシップの形が求められているのです。
シェアド・リーダーシップとは何か
「すべてを一人で背負うリーダー像」が限界を迎えつつあるとすれば、これからはどんなリーダーシップが必要なのでしょうか。その一つの答えとして注目されているのが、「シェアド・リーダーシップ」という考え方です。
これは、リーダーシップを特定の個人に集中させるのではなく、チーム全体で分担し、メンバーが互いに自律的にリーダーシップを発揮するというアプローチです。誰か一人が常に前に立つのではなく、必要な場面で、必要な人が自然にリーダーの役割を引き受ける。その際「任せられる」のではなく、「自ら引き受ける」ことに意味があります。
ここで重要なのは、単なるフラットな組織運営や役割分担とは異なるという点です。リーダーの役割が、当たり前に“みんなで担うもの”として扱われ、あるときは経験豊富なメンバーが方向性を示し、別の場面では他の人が前に出る。そんな柔軟な交代が、ごく自然に起きるチームには、信頼と対話がしっかりと根づいています。
私自身の博士研究でも、役割の流動性が高いチームでは、発言の偏りが減り、メンバーの協働が活発になる傾向が観察されました。リーダーシップは、肩書きによって与えられるものではなく、関係性の中から湧き上がる力として再定義されつつあるのです。
現場で起きている変化とその兆し
シェアド・リーダーシップという考え方は、まだ一部の先進的な組織だけの話だと思われるかもしれません。しかし実際には、さまざまな現場で、その兆しが静かに現れはじめています。
ある企業では、従来の会議で発言する人は決まっており、若手や非管理職のメンバーが意見を述べることはほとんどありませんでした。そんな中、一人の若手社員が「そもそも私たちは、なぜこのやり方を続けているのでしょうか」と問いかけたのです。
その一言に場が一瞬静まり返りましたが、次第に周囲のメンバーがその問いを受け止め、議論が深まっていきました。それまで当然とされていた“発言する人”の構図が、少しずつほぐれていった瞬間でした。
このように、最初の兆候とは、誰もが黙って従っていた場面で、誰かが勇気を出して前に出ることです。重要なのは、それが最初から自然に受け入れられたわけではないということ。最初は戸惑いや違和感があっても、徐々にまわりが受け入れ始めることで、固定化された役割意識が静かにゆるんでいくのです。
私の博士論文でも、こうした現象が、ある企業のチームで確認されました。役割の“移動”や“交代”が起きる以前に、まず必要なのは、固定的な構図に揺さぶりがかかる瞬間です。このプロセスはとても小さく、控えめなものですが、やがて大きな構造の転換へとつながっていきます。
「誰が前に出るか」は、はじめは決まっていて当然だという無意識の前提に、そっと問いを立てる。その問いに、他のメンバーがどう応答するか。そこに、シェアド・リーダーシップの萌芽が宿っています。いま、そうした変化は、私たちの足元でも確かに始まっているのです。
どのようにシェアド・リーダーシップを育むのか(INNERSHIFTの視点)
シェアド・リーダーシップは、ただ待っていれば自然に根づくものではありません。それは偶然に委ねるものではなく、また、強制して生まれるものでもありません。
私たちは、関係性の中で静かに立ち上がるこの力を、組織文化として意図的に育てるべきだと考えています。INNERSHIFTでは、シェアド・リーダーシップを「個の特性」ではなく「関係の中で立ち上がる力」と捉え、その力が芽吹く土壌を設計することに取り組んでいます。
その鍵となるのは、問い、内省、信頼です。まず、問いを立てる文化が必要です。「なぜこの方法を選んだのか」「他に可能性はあるか」といった問いが、誰からともなく自然に立ち上がる。そんな日常の中に、対話と選択の余地が生まれます。
次に、自分の感情や違和感を言葉にできる空気も欠かせません。立場に関係なく内省を共有できる関係性は、安心と信頼の土台になります。
さらに、リーダーシップが立ち上がる「場」そのものをどう設計するかも大切です。たとえば、固定メンバーに依存しない進行設計や、問いから始まるミーティング構造など、日常の設計が役割の流動性を支えていきます。
こうした積み重ねの中で、誰かが自然に前に出る組織文化が、少しずつ育まれていくのです。
いま、どんな問いが必要なのか(読者への問いかけ)
シェアド・リーダーシップは、誰かが完璧な答えを持っている状態ではなく、チームのなかで問いを共有しながら進んでいく在り方です。だからこそ、「いま、どんな問いが必要なのか」という感度が、これまで以上に重要になってきます。
たとえば、議論が停滞しているときに「そもそも、なぜこれをやるのか?」と問い直すこと。あるいは、誰かの発言に「どうしてそう感じたの?」と関心を向けること。そうした小さな問いが、場の流れを変え、新たな方向を照らし出すことがあります。
問いは、リーダーだけが発するものではありません。チームの誰もが、それぞれの立場から問いを立て、共有していくことが、共に進むための原動力になります。
参考文献
- 最上, 雄太. (2022). シェアド・リーダーシップが発生するメカニズムの質的研究:組織変革チーム「挑戦者の会」のエスノグラフィー [博士論文, 多摩大学].
- 最上, 雄太. (2023). シェアド・リーダーシップ入門. 国際文献社.
- Maitlis, S., & Sonenshein, S. (2010). *Sensemaking in Crisis and Change: Inspiration and Insights from Weick*. Journal of Management Studies, 47(3), 551–580.
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