組織変革が語られるとき、しばしば前提とされる考えがあります。
「きちんと伝えれば、人は理解し、動き始めるはずだ」という発想です。
近年のハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)論文でも、組織変革において語りが人の防衛反応を和らげ、理解と納得を生むことが指摘されています。確かに、その主張は直感的で、現場感覚にもよく合います。
ただし、その語りはどんな組織でも同じように機能するのでしょうか。
ここではその前提を、組織論・認知科学の知見から静かに問い直してみたいと思います。
語れば伝わる、という前提はどこから来るのか
HBR論文「戦略的な『比喩』がリーダーシップと組織変革を支える」では、変革がもたらす不安や抵抗に対して、語りが感情に働きかけ、防衛反応を弱めると論じられています。
論点は明快です。
データや論理だけでは届かないものがあり、語りは人の理解を助ける。
この整理自体に、大きな違和感はありません。
ただし、ここで一つ問いが残ります。
語りは、それだけで意味を持つのか。
この問いに対し、組織論の古典的研究は、やや慎重な視点を示しています。
語りが意味になるのは、どんな組織か
組織における「理解」や「納得」を長年研究してきたのが、組織論研究者の カール・ワイク(Karl E. Weick) です。
ワイクは著書『組織における意味づけ(Sensemaking in Organizations)』の中で、次のような立場を取ります。
人は語りをそのまま受け取るのではなく、すでにある関係性や経験の枠組みの中で意味づける、という考え方です。
つまり、
語りが意味として立ち上がるかどうかは、
「どう語るか」以前に、
その語りを受け取る関係が組織内に存在しているかに左右されます。
この視点から見ると、HBR論文が前提としている「語りによって防衛反応が和らぐ」という主張は、特定の条件が満たされている組織において成立する可能性が高い、と読み替えることができます。
語りが防衛を弱めるとは限らない
もう一つ重要な研究があります。
組織行動論の分野で知られる エイミー・エドモンドソン(Amy C. Edmondson) の研究です。
エドモンドソンは、論文
『チームにおける心理的安全性と学習行動(Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams)』において、次のことを明らかにしました。
人は、発言しても大丈夫だと感じられる環境がなければ、率直な意見や問いを口にしません。
むしろ、安全性が低い状態での語りは、沈黙や形式的な同意を生みやすくなります。
この知見を踏まえると、
語りが防衛反応を和らげるかどうかは、語りの巧みさではなく、
その組織に安心して意味を受け取れる関係があるかどうかに強く依存していることが見えてきます。
語りが届かない理由は、語り方ではないかもしれない
変革論の分野では、ジョン・P・コッター(John P. Kotter) の研究も示唆的です。
コッターは『企業変革力(Leading Change)』の中で、変革が停滞する最大の理由を、
語りの不足ではなく、当事者意識や切迫感が共有されていないことにあると指摘しています。
この視点に立つと、
語りが機能しないのは、語りが弱いからではなく、
人々がその語りを自分ごととして引き受ける位置に立っていないからとも考えられます。
語りは、変革を押し出す力ではなく、
変革に関わる準備が整ったときに、初めて意味を持つものなのかもしれません。
語りは、変革を起こすのか
ここまで見てきた研究が共通して示しているのは、次の点です。
語りは万能ではありません。
語りは、組織を直接変えるスイッチではありません。
語りが意味を持つのは、
すでに組織の中に、
関係性、安心感、当事者意識といった土壌があるときです。
では、私たちの組織ではどうでしょうか。
語りが交わされる前に、
その語りを受け止め、問い返し、意味を編み直せる関係はあるでしょうか。
語りが変革を起こすのではなく、
語りが意味になる組織は、どのように成立しているのか。
その前提に目を向けること自体が、
変革を考える最初の一歩なのかもしれません。
参考文献
- タンビ・ガウタム(2025)
「戦略的な『比喩』がリーダーシップと組織変革を支える」
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/12974 - カール・ワイク(1995)
『組織における意味づけ(Sensemaking in Organizations)』
Sage Publications - エイミー・C・エドモンドソン(1999)
「チームにおける心理的安全性と学習行動
(Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams)」
Administrative Science Quarterly - ジョン・P・コッター(1996)
『企業変革力(Leading Change)』
Harvard Business School Press
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