会議に追われ、メールに応答し続け、次の判断を迫られる。
多くのマネジャーが、「忙しさ」を仕事の証のように引き受けています。
一方で、仕事ができる人ほど、
どこか落ち着いて見える瞬間があります。
考える時間を持ち、急がずに決め、
必要以上に動いていないようにも見えます。
この違いは、能力や努力量の差なのでしょうか。
それとも、もっと別のところに理由があるのでしょうか。
なぜ「忙しいマネジャー」は生まれ続けるのか
2002年に発表されたハーバード・ビジネス・レビューの論文
「マネジャーが陥る多忙の罠」は、
この問いに対して、今なお有効な視点を提示しています。
この論文では、多くのマネジャーが
実は重要ではない活動に時間を奪われている
という実態が示されています。
彼らは怠けているわけでも、判断力が低いわけでもありません。
むしろ、会議から会議へと移動し、
メールに即応し、
目の前の問題に次々と対処することで、
常に「働いている状態」を維持しています。
しかし、その動きの中には、
立ち止まって考える時間がほとんど存在しません。
この論文が示したのは、
忙しさは仕事量の問題ではなく、
動き続けることで思考が後回しにされている状態
だという点です。
ただし、ここで一つの疑問が残ります。
なぜマネジャーは、
「重要ではない活動」から距離を取れないのでしょうか。
忙しさは「何を引き受けているか」から生まれます
この問いに対して、近年の組織心理学や役割研究は、
個人の能力ではなく
役割の境界に注目しています。
役割の境界とは、
どこまでを「自分の仕事」と認識し、
どこからを「返してよい領域」とみなしているか、
その見えない線のことです。
研究が繰り返し示しているのは、
忙しさは仕事の多さそのものよりも、
役割の輪郭が曖昧なときに増幅する
という点です。
境界が定義されていない組織では、
次のようなことが起こります。
- 判断を保留できない
- 他者に返す基準が見えない
- 「とりあえず自分がやる」が常態化する
こうして、本来であれば返してよい仕事まで、
静かに引き受け続ける構造が生まれます。
重要なのは、
これは意欲や責任感の問題ではない、ということです。
返却の基準が存在しない以上、
引き受け続けることは、
その人にとって合理的な行動でもあります。
忙しいマネジャーとは、
仕事を抱え込む人ではなく、
返してよい仕事を判断できない構造に置かれた人
なのかもしれません。
判断を引き受け続けると、人は空回りします
多忙を説明するもう一つの重要な視点が、
判断負荷に関する心理学研究です。
この分野では、人は「作業」よりも
「判断」によって消耗することが示されています。
決める。
迷う。
保留する。
選ばないと決める。
これらはすべて、認知資源を消費します。
判断が積み重なるほど、
思考の質は静かに下がっていきます。
マネジャーの多忙が厄介なのは、
行動量が多いことではありません。
- 判断が集中する
- 決定の出口が見えない
- 返却の回路が存在しない
こうした条件が重なると、
人は動き続けることでしか
状態を維持できなくなります。
いわゆる「多動空転」は、
怠慢でも能力不足でもありません。
判断を引き受け続ける構造が生む、必然的な帰結
と捉えるほうが自然でしょう。
忙しさは、能力の証明ではありません
ここまで見てきたように、
忙しさは個人の資質よりも、
構造によって生まれます。
- 何を引き受ける前提に置かれているのか
- 何を返してよいとされているのか
- 判断はどこで分散されるのか
これらが設計されていない組織では、
優秀な人ほど忙しくなりやすくなります。
そして、忙しさが常態化したとき、
最初に削られるのは思考の余白です。
仕事ができる人が
落ち着いて見えるとしたら、
それは余裕があるからではありません。
引き受けなくてよいものを、
引き受けていないだけ
なのかもしれません。
いま感じているその忙しさは、
あなた自身の問題でしょうか。
それとも、返却不能な構造が生み出しているものなのでしょうか。
その問いを手放さずにいること自体が、
すでに、多忙から一歩離れている兆しなのかもしれません。
参考文献
ハイケ・ブルッフ(Heike Bruch)/スマントラ・ゴシャール(Sumantra Ghoshal)
『マネジャーが陥る多忙の罠(A Bias for Action: How Effective Managers Harness Their Willpower, Achieve Results, and Stop Wasting Time)』
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2002年)
▶︎ マネジャーの多忙が「仕事量」ではなく、「多動空転(アクティブ・ノンアクション)」という行動様式から生まれることを示した古典的研究。
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/12662
エレン・エーンデン(Ellen Ernst Kossek)/ブレンダ・ラウダー(Brenda A. Lautsch)ほか
『Boundary Management at Work and at Home: A Review and Extension of Boundary Theory(職場と家庭における境界マネジメント理論)』
Academy of Management Annals(2012年)
▶︎ 人が疲弊する要因を「タスク量」ではなく、役割境界が曖昧になることから説明した代表的レビュー論文。
「何を引き受け、何を返せないか」という構造的問題を理論化している。
ロイ・バウマイスター(Roy F. Baumeister)/キャスリーン・ヴォース(Kathleen D. Vohs)ほか
『Decision Fatigue: The Effect of Decision Making on Subsequent Self-Regulatory Behavior(意思決定疲労)』
Journal of Personality and Social Psychology(2008年)
▶︎ 判断や選択そのものが認知資源を消耗させ、
行動の質・自己制御・思考力を低下させることを示した、判断負荷研究の中核論文。
マネジャーの「忙しさ」を、判断の集中という観点から説明する理論的基盤となっている。
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